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仮名手本忠臣蔵 【 第四 】 来世の忠義



 
■ 花籠の段
塩谷判官閉居によって、扇が谷の上屋敷、大竹にて門戸を閉じ、家中の他は出入りを止め、事厳重に見えにけり。
かかる折にも華やかに、奥はなまめく女中の遊び。御台所 顔世御前、お傍には大星力彌。殿のお気を慰めんと、鎌倉山の八重九重、色々桜、花籠に活けらるる花よりも、生る人こそ花紅葉。
柳の間の廊下を伝い、諸士頭 原郷右衛門。後に続いて、斧九太夫。
原郷右衛門
( はら ごううえもん )
これはこれは、力彌殿、早い御出仕。
大星力彌
( おおぼし りきや )
イヤ それがしも国元より親どもが参るまで、昼夜相い詰め罷りある。
原郷右衛門
それは御奇特千万。
と、郷右衛門、両手をつき、
今日、殿の御機嫌は、いかがお渡りあそばさるる?
と申し上ぐれば、顔世御前、
顔世
( かおよ )
ヲヽ 二人とも大儀、大儀。この度は、判官様お気詰りに思し召し、おしつらひ(病気)でも出ようかと案じたとは格別。明け暮れ築山の花ざかり御覧うじて御機嫌の良いお顔ばせ。それ故に自もお慰みに差し上げようと、名ある桜を取り寄せて、見やる通りの花ごしらえ。
原郷右衛門
アヽ いか様にも仰せの通り。花は開くものなれば御門も開き、閉門を御赦さるる吉事の御趣向。拙者も何がなと存ずれど、かやうな事の思いつきは無調法なる郷右衛門。
ヤァ 肝心の事申し上げん。今日、御上使のお出でと承りしが、定めて殿の御閉門を御赦さるる御上使ならん。何と九太夫殿、そうは思し召されぬか?
斧九太夫
( おの くだゆう )
ハヽヽヽヽ コレ 郷右衛門殿、 この花というものも当分人の目を悦ばすばっかり。風が吹けば散り失せる。こなたの言葉も、まず、そのごとく。人の心を悦ばそうとて、武士に似合わぬ。ぬらりくらりと後からはげる正月言葉。
「何故?」と、お言やれ、この度、殿の御落ち度は、饗応の御役儀を蒙りながら執事たる人に手を負わせ、館を騒せし科。軽うて流罪、重うて切腹。自体、また、師直公に敵対うは、殿の御不覚と、、
聞もあへず、郷右衛門、
原郷右衛門
さては、その方、殿の流罪切腹を願わるるか!
斧九太夫
イヤ 願いは致さねど、言葉を飾らず真実を申すのじゃ。元をいえば、郷右衛門殿、こなたの吝嗇、吝さ[しわさ]から起こった事。金銀を以って面を張りめさるれば、かような事は出来申さぬ。
と、己が心に引当てて欲面打ち消す郷右衛門、
原郷右衛門
人にこびへつらうは侍でない、武士でない。のう、力彌殿、何とそうではあるまいか?
と、言葉のかどをなだむる御台。
顔世
二人共に、争い無用。今度、夫の御難義なさる、元の起こりは、この顔世。いつぞや、鶴岡で饗応の折から、道知らずの師直、主のある自らに無体な恋を言いかけ、様々と口説きしが、恥を与え懲りさせんと、判官様にも知らさず。歌の点に事よせ「さよ衣」の歌を書き、恥じしめてやったれば、恋の叶はぬ意趣ばらしに、判官様に悪口。もとより短気なお生れつき、ゑ堪忍なされぬは、お道理でないかいの。
と、語り給へば、
郷右衛門、力彌も共に、御主君の御憤りを察し入り、心外、面に表せり。

■ 判官切腹の段
「早や、御上使の御出で」と、玄関・広間ひしめけば、奥へかくと通じさせ、御台所も座を下がり、三人出迎う。
間もなく、入り来る上使は、石堂右馬之丞、師直が昵近(近習) 薬師寺次郎左衛門、「役目なれば罷り通る」と、会釈もなく上座に着けば、一間の内より塩谷判官、しづしづと立ち出で、
塩谷判官
( えんや はんがん )
これは、これは。御上使とあって、石堂殿、御苦労千万。まず、お盃の用意せよ。御上使の趣、承り。いずれもと一献汲み、積欝を晴らし申さん。
薬師寺次郎左衛門
( やくしじ じろうざえもん )
ヲヽ それようござろ。薬師寺もお相い致そう。したが、上意を聞かれたら、酒も咽へ通るまい。
と、あざ笑へば、右馬之丞、
石堂右馬之丞
( いしどう うまのじょう )
我々、今日、上使に立たる、その趣、つぶさに承知せられよ。
と、懐中より御書取り出し、おし開けば、判官も席を改め、承る、その文言。
この度、塩谷判官高定、私の宿意を以って、執事 高師直を刄傷に及び、館を騒せし科によって、国郡を没収し、切腹申し付くるものなり。
聞くより「はっ」と驚く御台。並居る諸士も顔見合せ、あきれ果たるばかりなり。 判官、動ずる気色もなく、
塩谷判官
御上意の趣、委細承知つかまつる。さて、これからは、各々の御苦労休めに、うちくつろいで御酒一つ。
薬師寺次郎左衛門
コレコレ 判官、黙りめされ。その方が今度の科は、縛り首にも及ぶべきところ。お上の慈悲を以って、切腹仰せ付けらるるをありがとう思い、早速用意もすべきはず。殊にもって、切腹には定った法のあるもの。それに何ぞや、当世様の長羽織、ぞべらぞべらとしらるるは、酒興か、ただし、血迷うたか。上使に立ったる石堂殿、この薬師寺へ無作法。
と、決めつければ、
にっこと笑い、
塩谷判官
この判官、酒興もせず、血迷いもせぬ。今日、上使と聞よりも、かくあらんと期したる故、かねての覚悟見すべし。
と、大小羽織を脱ぎ捨つれば、下には用意の白小袖、無紋の上下、死裝束。
皆々「これは!」と驚けば、薬師寺は言句も出でず、顔ふくらして閉口す。 右馬之丞、さし寄って、
石堂右馬之丞
御心底、察し入る。すなわち、拙者、検使の役。心静かに御覚悟。
塩谷判官
アヽ 御親切かたじけなし。刄傷に及びしより、かくあらんとは、かねての覚悟。恨むらくは館にて、加古川本藏に抱き留められ、師直を討ちもらし、無念、骨髄に通って忘れがたし。湊川にて楠木正成、「最期の一念によって生を引く」と言いしごとく、生き替わり、死に替わり、欝憤を晴さん。
と、怒りの声ともろともに、お次の襖、打ちたたき、「一家中の者ども、殿の御存生に御尊顔を拝したき願い、御前へ推参致さんや。郷右衛門殿お取り次ぎ」と、家中の声々聞こゆれば、
郷右衛門、御前に向い、
原郷右衛門
いかが、はからい候はん。
塩谷判官
フウ もっともなる願いなれども、由良之助が参るまで、無用、無用。
「はっ」とばかり、一間に向い、
原郷右衛門
聞かるる通りの御意なれば、一人も叶はぬ、叶はぬ。
諸士は返す言葉もなく、一間もひっそと静まりける。
力彌、御意を承り、かねて用意の腹切刀、御前に直すれば、
心静かに肩衣取り退け、座をくつろげ、
塩谷判官
コレコレ 御検使、御見届けくださるべし。
と、三方引き寄せ、九寸五分おし戴き、
塩谷判官
力彌、力彌。
大星力彌
ハア。
塩谷判官
由良之助は?
大星力彌
いまだ参上仕りませぬ。
塩谷判官
フウ、ヱヽ 存生に対面せで残念。ハテ 残り多やな。是非に及ばぬ、これまで。
と、刀逆手に取り直し、弓手に突き立て引き回す。
御台、二目と見もやらず、口に唱名、目に涙。
廊下の襖、踏み開き、かけ込む大星由良之助。主君のありさま見るよりも、はっとばかりに、どうど伏す。後に続て千崎・矢間、その他の一家中、ばらばらと駆け入りたり。
塩谷判官
ヤレ 由良之助、待ちかねたわやい。
大星由良之助
( おおぼし ゆらのすけ )
ハア 御存生の御尊顔を拝し、身に取って何ほどか。
塩谷判官
ヲヽ 我も満足、満足。定めて子細聞いたであろ。ヱヽ 無念、口惜いわやい。
 大星由良之助
委細、承知つかまつる。この期に及び、申し上ぐる言葉も無し。ただ御最期の尋常を願わしゅう存じまする。

 落合芳幾
  『 仮名手本忠臣蔵 四段目 』
塩谷判官
ヲヽ 言うにや及ぶ。
と、諸手をかけ、ぐぅうっと、ぐぅうっと引き回し、苦しき息をほっとつき、
塩谷判官
由良之助。この九寸五分は汝へ形見。我が欝憤を晴させよ。
と、切先にて、笛(喉笛)刎ね切り、血刀投げ出しうつぶせに、どうとまろび息絶ゆれば、
御台をはじめ、並いる家中、眼を閉じ、息を詰め、歯を喰いしばり控ゆれば、由良之助にじり寄り、刀取り上げ、おし戴き、血に染まる切先を、うち守り、うち守り。拳を握り、無念の涙はらはらはら。判官の末期の一句、五臟六腑にしみ渡り、さてこそ末世に大星が、忠臣・義心の名を上げし、根ざしは、かくと知られけり。
薬師寺は、つっ立ち上り、
薬師寺次郎左衛門
判官がくたばるからは、早々、屋敷を明け渡せ。
石堂右馬之丞
イヤ さは言われな、薬師寺。いわば、一国一城の主。ヤ 方々、葬送の儀式取りまかない、心静かに立ち退れよ。この石堂は検使の役目。切腹を見届けたれば、この旨を言上せん。ナニ 由良之助殿、御愁傷、察し入る。用事あらば承らん。必ず心おかれな。
と、並居る諸士に目礼し、悠々として立ち帰る。
薬師寺次郎左衛門
この薬師寺も死骸片づくる、その間、奥の間で休息しよう。家来、参れ。
と呼出し、
家中どもががらくた道具、門前へ放り出せ。判官が所持の道具、にわか浪人にまげられな(盗まれるな)。
と、館の四方をねめ回し、一間の内へ入りにける。
御台はわっと声を上げ、
顔世
さてもさても、武士の身の上ほど悲しいもののあるべきか。今、夫の御最期に言いたい事は山々なれど、「未練な」と御上使のさげしみ(軽蔑)が恥ずかしさに、今まで堪えてゐたわいの。いとおしのありさまや。
と、亡骸に抱付き、前後も分かず、泣き給う。
大星由良之助
力彌、参れ。御台所もろとも、亡君の御骸[から]を御菩提所 光明寺へ早々送り奉れ。由良之助も後より追っつき、葬送の儀式取り行わん。堀・矢間・小寺・間、その他の一家中、道の警護いたされよ。
と言葉の下より、御乗物、手舁にかき据え、戸を開き、皆、立ち寄りて、御死骸、涙と共に乗せ奉り、しづしづとかき上ぐれば、御台所は正体なく歎き給うを慰めて、諸士の面々、我一と、御乗物にひっ添い、ひっ添い、御菩提所へと急ぎ行く。

■ 城渡しの段
人々、御骸見送りて座に着けば、斧九太夫、
斧九太夫
何、大星殿、そこ元は御親父 八幡六郎殿よりの家老職。拙者とても、その右には座せども、今日より浪人となり、妻子をはごくむ手立て無し。殿の蓄え置き給う御用金を配分し、早く屋敷を渡さずば、薬師寺殿へ無礼なん。
千崎彌五郎
( せんざき やごろう )
イヤ 千崎が存ずるには、指す敵の高師直、存命なるが我々が欝憤。討手を引き受け、この館を枕として、、
斧定九郎
( おの さだくろう )
アヽ これこれ、討ち死とは悪い了簡。親 九太夫の申さるる通り、屋敷を渡し、金銀を分て取るが上分別。
と、評議の中に由良之助、黙然として居たりしが、
大星由良之助
ただ今の評定に、彌五郎の所存と我胸中一致せり。いわば、亡君の御ために我々殉死すべきはず。むざむざと腹切ろうより、足利の討手を待ち受け、討ち死と一決せり。
斧九太夫
ヤァ 何と言わるる。良い評定かと思えば、浪人の痩せ顔張り。足利殿に弓引こう!? アヽ それ無分別。マァ この九太夫、合点がいかぬ。
斧定九郎
ヲヽ 親父殿、そうじゃ、そうじゃ。この定九郎も、その意を得ぬ。この談合には省いてもらおう。長居は無益、お帰りなされ。
斧九太夫
それ、よかろ。いづれも、ゆるりと居めされ。
と、親子、うち連れ、立ち帰る。
千崎彌五郎
ヤァ 欲面の斧親子、討ち死を聞きおじして逃げ帰ったる憶病者。きゃつ構わずと大星殿、討手を待つ御用意、御用意。
大星由良之助
アヽ 騒がれな、彌五郎。足利殿に、何、恨みあって弓引くべき。彼等親子が心底を探らんための計略。薬師寺に屋敷を渡し、思い思いに当所を立退き、都山科にて再会し、胸中残さず打ち明けて評議をしめん。
といふ間もあらず、次郎左衛門、一間を立ち出で、
薬師寺次郎左衛門
ハテ べんべんと長詮義。死骸片付けたら、早く屋敷を明け渡せ。
と、いがみかかれば、郷右衛門、
原郷右衛門
アヽ なるほど、お待かね。亡君所持の御道具、その他の武具・馬具まで、よくよく、改め受け取られよ。サァ 由良之助殿、退散あれ。
大星由良之助
ヲヽ 心得たり。
と、しづしづと立ち上がり、
御先祖代々、我々も代々、昼夜詰めたる館の内。今日を限りと思うにぞ。
名残惜しげに見返り、見返り、御門外へ立ち出ずれば、
御骸送り奉り、力彌・矢間・堀・小寺 追々に馳せ帰り、「さては屋敷をお渡しあったか。この上は直義の討手を引き受け、討ち死せん」と、はやり立てば、由良之助、
イヤイヤ、今、死すべきところにあらず。これを見よ、方々。
と、亡君の御形見を抜き放し、
この切先には、わが君の御血をあやし(流し)、御無念の魂を残されし九寸五分。この刀にて師直が首、掻き斬って本意をとげん。
「げに、もっとも」と諸武士の勇、
屋敷の内には薬師寺次郎、門の貫の木、ぱしっとと立てさせ、
薬師寺次郎左衛門
師直公の罰が当たり、さて、よいざま、よいざま。
と、家来一度に手をたたき、どっと笑う鬨の声。
「アレ 聞かれよ」と、若侍、取って返すを、由良之助、
大星由良之助
先君の御憤り、晴さんと思う所存はないか。
「はっ」と一度に立ち出でしが、思えば無念と、館の内を、振り返り、振り返り、
はったと睨んで、
立ち出ずる。