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気になるアート.com 「物語と絵画シリーズ」

仮名手本忠臣蔵 【 第七 】 大尽の錆刀



 
” 花に遊ばば、祇園あたりの色揃え。東方・南方・北方・西方、弥陀の浄土か、塗りに塗り立て、ぴっかりぴかぴか光り輝く白や芸妓に、いかな粋めも現ぬかして、ぐどん、どろつくどろつくや。ワイワイノ ワイトサ ”

歌川広重『 忠臣蔵 七段目 』

斧九大夫
( おの くだゆう )
誰そ頼もう。亭主は居ぬか、亭主、亭主!
一力茶屋亭主
( いちりきじゃや ていしゅ )
これは忙しいわ。どいつ様じゃ、どなた様じゃ。ヱ 斧九太様。御案内とは、けうとい(いやですなぁ)、けうとい。
斧九大夫
イヤ 初めてのお方を同道申した。きつう取り込みそうに見えるが、ひとつ上げます座敷があるか?
一力茶屋亭主
御座りますとも。今晩は、かの由良大臣の御趣向で、名ある色たちを掴み込み、下座敷は塞がってござりますれど、亭座敷が空いてござります。
斧九大夫
そりゃ、また、蜘の巣だらけであろう?
一力茶屋亭主
また、悪口を。
斧九大夫
イヤサ よい歳をして、女郎の蜘の巣にかからまい用心。
一力茶屋亭主
コリャきついわ。下に置かれぬ二階座敷。ソレ 灯をともせ、中居ども。お盃、お煙草盆。
と、高い調子にかせかけて、奥は騒ぎの太鼓三味。
斧九大夫
ナント 伴内殿、由良之助が体、御覧うじたか?
鷺坂伴内
( さぎさか ばんない )
九太夫殿、ありゃ、いっそ気違いでござる。段々、貴様より御内通あっても、あれほどにあろうとは主人師直も存ぜず。拙者に罷り登って見届け、心得ぬ事あらば早速に知らせよと、申しつけましたが。さてさてさて、我も偏私(思い込み)も折れましてござる。せがれ力彌めは、何と致したな。
斧九大夫
こいつも折節この所へ参り、ともに放埓。差し合い繰らぬが不思議の一つ。今晩は底の底を探し見んと、心だくみを致して参った。密々にお話し申そう。いざ二階へ。
鷺坂伴内
まず、まず。
斧九大夫
しからば、かうお出で。
” 実に心に思いはせいで、あだな、惚れた惚れたの口先は、いかい、つや(お世辞)ではあるわいな ”

矢間十太郎
( やざま じゅうたろう )
彌五郎殿、喜多八殿、これが由良之助殿の遊び茶屋、「一力」と申すのでござる。コレサ平右衛門、よい時分に呼び出そう。勝手に控えてお居やれ。
寺岡平右衛門
( てらおか へいうえもん )
畏りました。よろしゅう頼み上げます。
矢間十太郎
誰ぞ、ちょっと頼みたい。
一力茶屋亭主
アイアイ どな様じゃへ。
矢間十太郎
イヤ 我々は由良殿に用事あって参った。奥へ行て言はうには、矢間十太郎・千崎彌五郎・竹森喜多八でござる。この間より節々迎いの人を遣わしますれども、お帰りのない故、三人連れで参りました。ちと御相談申さねばならぬ儀がござる程に、お逢なされてくだされと、きっと申してくれ。
一力茶屋亭主
そは何とも気の毒でござんす。由良様は三日この方、呑み続け、お逢いなされてから、たはゐは有るまい。本性(正気)は無いぞへ。
矢間十太郎
ハテ さて、まぁ、そう言うておくりゃれ。
一力茶屋亭主
アイアイ。
矢間十太郎
彌五郎殿、お聞きなされたか。
千崎彌五郎
( せんざき やごろう )
承って驚き入りました。初めのほどは敵へ聞かする計略と存じましたが、いかう遊びに実が入り過ぎまして、合点が参らぬ。
竹森喜多八
( たけもり きたはち )
何と、この喜多八が申した通り、魂が入れ替わって御座ろうがの。いっそ一間へ踏み込み、
矢間十太郎
イヤイヤ とくと面談致した上。
千崎彌五郎
なるほど。しからば、これに待ちましょう。
中居
手の鳴る方へ、手の鳴る方へ、手の鳴る方へ。
大星由良之助
( おおぼし ゆらのすけ )
捕らまよ、捕らまよ。
中居
由良鬼、待たい、待たい。
大星由良之助
捕らまえて酒呑まそ、酒呑まそ。コリャ 捕らまえたわ。サァ 酒々、銚子持て、銚子持て。
矢間十太郎
イヤコレ 由良之助殿、矢間十太郎でござる。こりゃ何となさるる。
大星由良之助
南無三宝、しもうた。
中居
ヲヽ 気の毒、何と栄えさん。ふし(五倍子→苦虫)食た様なお侍様方、お連れ様かいな。
さあれば、お三人共、怖い顔して。
矢間十太郎
イヤコレ 女郎達、我々は大星殿に用事あって参った。暫く座を立って貰いたい。
中居
そんな事でありそなもの。由良様、奥へ行くぞえ。お前も、早うお出で。皆様、これにへ。
矢間十太郎
由良之助殿、矢間十太郎でござる。
竹森喜多八
竹森喜多八でござる。
千崎彌五郎
千崎彌五郎、御意得に参った。お目覚されましょう。
大星由良之助
これは、うち揃うて、よう、お出でなされた。何と思うて?
矢間十太郎
鎌倉へ、うっ立つ時候はいつ頃でござるな?
大星由良之助
さればこそ、大事の事をお尋ねなれ。丹波与作が歌に ” 江戸三界へ行かんして ” ハヽヽヽヽヽ 御免候え、たわゐ、たわゐ。
三人
ヤァ 酒の醉い、本性違はず。性根が付かずば、三人が酒の醉いを醒まさしましょうかな。
寺岡平右衛門
ヤレ 聊爾(軽はずみなこと)なされまするな。憚りながら、平右衛門めが一言申し上げたい儀がござります。暫くお控えくだされましょう。
由良之助様、寺岡平右衛門めでござります。御機嫌の体を拝しまして、いかばかり大悦に存じ奉ります。
大星由良之助
フウ 寺岡平右とは、ヱヽ 何でゑすか? 前かど北国へお飛脚に行かれた、足のかるい足軽殿か?
寺岡平右衛門
左様でござります。殿様の御切腹を北国にて承りまして、南無三宝と宙を飛で帰りまする道にて、お家も召上げられ、一家中散り散りと承った時の無念さ。奉公こそ足軽なれ、御恩は変わらぬお主の仇。師直めを一討ちと鎌倉へ立ち越え、三が月が間、非人となって付き狙いましたれども、敵は用心厳しく、近寄る事も叶ませず。所詮、腹かっさばかんと存じましたが、国元の親の事を思い出しまして、すごすご帰りました。ところに天道様のお知らせにや、いずれも様方の一味連判の様子承りますると、ヤレ 嬉しや、ありがたやと、取るものも取りあへず、あなた方の旅宿を尋ね、ひたすらお頼み申し上げましたれば、『でかした。うい(殊勝な)奴じゃ、お頭へ願うてやろ』とお言葉にすがり、これまで推参仕りました。師直屋敷の、、、
大星由良之助
ア これこれこれ、ア そこ元は足軽では無くて、大きな口軽じゃの。何と太鼓持ちなされぬか。もっとも、みたくし(私)も、蚤の頭を斧で割ったほど無念なとも存じて、四・五十人一味をこしらえてみたが、ア 味な事(変な事)の。よう思うてみれば、仕損じたら、この方の首がころり。仕おおせたら後で切腹。どちらでも死ねばならぬというは、人参飲んで首括るようなもの。殊に、そこ元は五両に三人扶持の足軽。お腹は立てられな。はっち坊主(乞食坊主)の報謝米ほど取っていて命を捨てて敵討ちしようとは、そりゃ、青のり貰うた礼に太々神楽を打つようなもの。我等、知行千五百石、貴様と比べると、敵の首を斗升で量るほど取っても釣合ぬ、釣合ぬところで止めた。ナ 聞えたか? とかく浮世はこうしたものじゃ。つつてんてんてん、などと弾きかけたところは、たまらぬ、たまらぬ。
寺岡平右衛門
これは由良之助様のお言葉とも覚えませぬ。僅か三人扶持取る拙者めでも、千五百石の御自分様でも、繋ぎました命は一つ。御恩に高下はござりませぬ。押すに押されぬは、お家の筋目。殿の御名代もなされまする。歴々様方の中へ見る影もない私めが、さし加えて、とお願い申すは、憚りとも慮外とも、ほんの猿が人真似、お草履を掴んでなりとも、お荷物を担いでなりとも参じましょう。お供に召連られて、、、、
ナ! 申し、コレ 申し、申し。これはしたり! 寝てござるそうな。
竹森喜多八
コレサ 平右衛門、あったら口に風ひかすまい(言っても無駄)。由良之助は死人も同然。矢間殿、千崎殿、モウ 本心は見えましたか? 申し合わせた通り、はからいましょうか。
千崎彌五郎
いか様、一味連判の者どもへの見せしめ。いざ、いずれも。
と立ち寄るを、
寺岡平右衛門
ヤレ 暫く。
と平右衛門、おしなだめ、そばに寄り、
つくづく思い回しますれば、主君にお別れなされてより、仇を報わんと様々の艱難。木にも萱にも心を置き、人のそしり、無念をば、じっと堪えてござるからは、酒でも無理に参らずば、ここまで命も続ますまい。醒めての上の御分別。
と、無理に押えて三人を伴う一間は、善悪の明りを照らす障子の内、影を隠すや、
月の入る。

山科よりは一里半、息を切ったる嫡子 力彌。内をすかして正体なき父が寝姿、起すも人の耳近しと、枕元に立ち寄って、沓に代わる刀の鍔音、鯉口 チャンと打ち鳴らせば、
むっくと起きて、
大星由良之助
ヤァ 力彌か。鯉口の音響かせしは急用あってか? 密かに、密かに。
大星力彌
( おおぼし りきや )
ただ今、御台 顔世様より急のお飛脚、密事の御状。
大星由良之助
他に御口上は無かったか?
大星力彌
「敵 高師直、帰国の願い叶い、近々、本国へ罷り帰る。委細の儀はお文」との御口上。
大星由良之助
よしよし、その方は宿へ帰り、夜のうちに迎い駕籠。行け、行け。
大星力彌
はっ。
と、ためらう暇もなく、山科さして引っ返す。

(大星由良之助)
『まず、様子気づかい』
と、状の封じを切るところへ、
斧九太夫
大星殿、由良殿、斧九太夫でござる。御意得ましょう。
と声かけられ、
大星由良之助
これは久しや、久しや。一年も逢わぬうち、寄ったぞや、寄ったぞや。額に、その皺伸ばしにおいでか。アノ どこな莚破り(女好きじじい)めが。
斧九太夫
イヤ 由良殿、「大功は細瑾を顧みず」と申すが、人のそしりも構わず遊里の遊び。大功を立つるもとい、あっぱれの大丈夫。末頼もしゅう存ずる。
大星由良之助
ホヲヽ これは堅いわ、堅いわ。石火矢と出かけた、さりとてはおかれい。
斧九太夫
イヤァ 由良之助殿、とぼけまい。誠、貴殿の放埓は、
大星由良之助
敵を討つ手立てと見えるか?
斧九太夫
おんでもない(言うまでも無い)事。
大星由良之助
かたじけない。四十に余って色狂い。馬鹿者よ、気違いよ、と笑われようかと思うたに、敵を討つ手立てとは、九太夫殿、ホヽウ 嬉しい、嬉しい。
斧九太夫
スリヤ そこ元は、主人 塩谷の仇を報ずる所存はないか?
大星由良之助
けもない(とんでもない)事、けもない事。家国を渡す折から、城を枕に討ち死と言うたのは御台様への追従。時に貴様が上へ対して朝敵同然と、その場を、ついと立った。我等は後に、しゃちばって居た。いかゐ、たわけの。ところで仕舞いはつかず、御墓へ参って切腹と、裏門からこそこそこそ。今、この安楽な楽しみするも貴殿のおかげ。昔のよしみは忘れぬ、忘れぬ。堅みをやめて、くだけおれ、くだけおれ。
斧九太夫
いか様、この九太夫も、昔思えば信太の狐。化け現して一献酌もうか。サァ 由良殿、久しぶりだ、お盃。
大星由良之助
また、頂戴と会所めく(形式ばる)のか。
斧九太夫
さしおれ、呑むわ。
大星由良之助
呑みおれ。差すわ。
斧九太夫
ちょうど受けおれ(たっぷり入れてくれ)、肴をするわ。
と、そばに有るあうタコ肴。 挟んで、ずっと指し出せば、
大星由良之助
手を出して、足をいただくタコ肴。かたじけない。
といただいて食わんとする。
手をじっと捕え、
斧九太夫
コレ 由良之助殿、明日は主君 塩谷判官の御命日。とりわけ逮夜が大切と申すが、見ごと、その肴、貴殿は食うか?
大星由良之助
食べる、食べる。但し、主君 塩谷殿がタコになられたという便宜(知らせ)があったか? ヱ 愚痴な人ではある。こなたや俺が浪人したは、判官殿が無分別から。スリャ 恨みこそあれ、精進する気、微塵もごあらぬ。お志の肴、賞かんいたす。
と、何気もなく、ただ一口に味わう風情。邪智深き九太夫も呆れて言葉も無かりける。
大星由良之助
さて、この肴では呑めぬ、呑めぬ。鶏絞めさせ、鍋焼きさせん。そこ元も奥へお出で。女郎ども、歌え、歌え。
と、足元も、しどろもどろの浮き拍子。テレツク テレツク ツヽ テンテン。
おのれ末社ども、めれんになさで(大酔いさせずに)おくべきか、
と騒ぎに紛れ入りにける。

始終を見届け、鷺坂伴内、二階より下り立ち、
鷺坂伴内
九太夫殿、子細とっくと見届け申した。主の命日に精進さえせぬ根性で敵討ち存じもよらず。この通り主人 師直へ申し聞け、用心の門を開かせましょう。
斧九太夫
なるほど、もはや、御用心に及ばぬ事。
鷺坂伴内
これさ、まだ、ここに刀を忘れて置きました。
斧九太夫
ほんに、誠に大馬鹿者の証拠。たしなみの魂見ましょ。さて、錆びたりな、赤鰯。
鷺坂伴内
ハヽヽヽヽヽヽ。
斧九太夫
いよいよ本心現れ、御安堵、御安堵。ソレ 九太夫が家来、迎いの駕籠。
「はっ」と答えて持ち出ずる。
斧九太夫
サァ 伴内殿、お召しなされ。
鷺坂伴内
まず、御自分は老体、ひらにひらに。
斧九太夫
しからば御免。
と乗り移る。
鷺坂伴内
イャ 九太殿、承れば、この所に勘平が女房が勤めておると聞きました。貴殿には御存知無いか? 九太夫殿、九太夫殿、
と言えど答えず。
コハ 不思議。
と、駕籠の簾を引き開ければ、内には手ごろの庭の飛び石。
コリャ どうじゃ! 九太夫は松浦佐用姫をやられた。
と、見回すこなたの縁の下より、
斧九太夫
コレコレ 伴内殿、九太夫が駕籠抜けの計略は、最前、力彌が持参せし書簡が心許なし。様子見届け、後より知らさん。やはり我等が帰る体にて、貴殿は、その駕籠にひっ添うて。
鷺坂伴内
合点、合点
と、うなずき合い、駕籠には人のある体に見せて、しづしづ立ち帰る。

折に二階へ、勘平が妻のお軽は酔い覚まし。はや里慣れて吹く風に、憂さを晴らして居るところへ、
大星由良之助
ちょいと行てくる。由良之助ともあろう侍が、大事の刀を忘れて置いた。つい取ってくる。その間に、掛け物もかけ直し、炉の炭もついでおきや。アヽ それそれそれ、こちらの三味線踏み折るまいぞ。これはしたり、九太は去なれたそうな。
父よ母よと泣く声聞けば、妻に鸚鵡のうつせし言の葉。ヱヽ 何じゃいな、おかしやんせ(およしなさい)。
あたり見回し、由良之助。釣灯籠のあかりを照らし読む長文は、御台より敵の様子、細々と。女子の文の後や先、参らせ候で、はかどらず。
よその恋よとうらやましく、お軽は上より見下ろせど、夜目遠目なり。字性もおぼろ。思い付いたるのべ鏡、出して映して読み取る文章。下家よりは九太夫が繰りおろす文、月影にすかし読むとは神ならず。

喜多川歌麿『 忠臣蔵 七段目 』 
( 左上が情景描写。中央は歌麿ならではの創作 )

解けかかりし、お軽がかんざし、ばったり落つれば、
下には、「はっ」と見上げて後へ隠す文。
縁の下には、なお、笑つぼ。上には鏡の影隠し。
お軽
( おかる )
由良さんか。
大星由良之助
お軽か。そもじは、そこに何してぞ?
お軽
わたしゃ、お前にもり潰され、あんまり辛さの酔い覚まし。風に吹かれて居るわいな。
大星由良之助
ムウ、ハテ なあ。よう風に吹かれてじゃの。イヤ 軽、ちと話したい事がある。屋根越しの天の川で、ここからは言われぬ。ちょっと降りてたもらぬか。
お軽
話したいとは、頼みたい事かへ?
大星由良之助
まあそんなもの。
お軽
回って来やんしょ。
大星由良之助
いやいや、段梯子へ降りたらば、中居が見つけて酒にしょう。アヽ どうしょうな。アヽコレコレ、幸い、ここに九つ梯子。これを踏まへて降りてたも。
と、小屋根にかければ、
お軽
この梯子は勝手が違うて、ヲヽ 恐わ。どうやら、これは危ないもの。
大星由良之助
大事無い、大事無い。危ない/恐いは昔の事。三間ずつ跨げても、赤膏薬もいらぬ歳ばい。
お軽
阿呆言わんすな。舟に乗った様で恐いわいな。
大星由良之助
道理で舟玉様が見える。
お軽
ヲヽ 覗ぞかんすないな!
大星由良之助
洞庭の秋の月様を拝み奉るじゃ。
お軽
イヤモウ そんなら降りゃせぬぞ!
大星由良之助
降りざ、降ろしてやろ。
お軽
アレ また、悪い事を。
大星由良之助
やかましい。生娘かなんぞのやうに。逆縁ながら(バックからだけど)、
と、後ろよりじっと抱きしめ、抱き降ろし、
大星由良之助
なんと、そもじは御ろうじたか?
お軽
アイ いいえ。。
大星由良之助
見たであろ、見たであろ。
お軽
アイ なんじゃやら、面白そうな文。
大星由良之助
あの上から、みな読んだか?
お軽
ヲヽ くど。
大星由良之助
ア 身の上の大事とこそは、なりにけり。
お軽
何の事じゃぞいな。
大星由良之助
何の事とはお軽。古いが、惚れた! 女房になってたもらぬか!
お軽
おかんせ(おやめください)、嘘じゃ。
大星由良之助
サ 嘘から出た真でなければ根が遂げぬ。応と言え、応と言え。
お軽
イヤ 言うまい。
大星由良之助
何故?
お軽
お前のは嘘から出た真じゃない。真から出た嘘じゃ。
大星由良之助
お軽、受出そう。
お軽
ヱヽ。。
大星由良之助
嘘でない証拠に、今宵のうちに身受しよう。
お軽
ムウ いや、わしには。。。
大星由良之助
間夫があるなら添わしてやろ。
お軽
そりゃ、マァ ほんかえ?
大星由良之助
侍冥利(誓う)。三日なりとも囲うたら、それからは勝手次第。
お軽
ハアア 嬉しうござんす、と言わしておいて、笑おでの。
大星由良之助
いや、直に亭主に金渡し、今の間に埓さそう(決着させよう)。気づかいせずと、待て居や。
お軽
そんなら必ず、待って居るぞへ。
大星由良之助
金渡してくる間、どっちへも行きゃるな。女房じゃぞ。
お軽
それも、たった三日。
大星由良之助
それ合点。かたじけのう、ござんす。
” 世にも因果な者ならわしが身じゃ。かはい男に幾世の思い。ヱヽ なんじゃいな、おかしやんせ。忍び音に鳴く小夜千鳥 ”
奥で歌うも身の上と、お軽は思案取々の、取々の。

折に出で合う平右衛門。
寺岡平右衛門
妹でないか?!
お軽
ヤァ 兄様か。恥しい所で逢いました。
と顔を隠せば、
寺岡平右衛門
苦しゅうない。関東より戻りがけ、母人に逢て詳しく聞いた。夫のため、お主のため、よく売られた、でかした、でかした。
お軽
そう思うてくださんすりゃ、わしゃ嬉しい。したが、まぁ喜んでくださんせ。思いがけのう、今宵、受出さるるはず。
寺岡平右衛門
それは重畳(めでたい)。何人のお世話で?
お軽
お前もご存じの大星由良之助様のお世話で。
寺岡平右衛門
何じゃ、由良之助殿に受出される? それは下地からの馴染か?
お軽
何の否、この中より二・三度、酒の相手。夫があらば添わしてやろ、暇が欲しくば暇やろと、結構、過ぎた身請け。
寺岡平右衛門
さては、その方を、早野勘平が女房と?
お軽
イヱ 知らずじゃぞへ。親・夫の恥なれば、明して何の言いましょう。
寺岡平右衛門
ムウ すりゃ、本心放埓者。お主の仇を報ずる所存は無いに極ったな。
お軽
イヱイヱ、これ兄様。あるぞえ、あるぞえ。高こうは言われぬ。コレ こうこう、、
と、囁けば、
寺岡平右衛門
ムウ すりゃ、その文を確かに見たな?
お軽
残らず読んだ、その後で、互いに見合わす顔と顔。それから、じゃら付きだして、つい身請けの相談。
寺岡平右衛門
アノ その文、残らず読んだ後で。。
お軽
アイナ。
寺岡平右衛門
ムウ それで聞えた。妹、とても逃れぬ命、身どもにくれよ!
と抜き討つに、はっしと斬らば、
ちゃっと飛び退き、
お軽
コレ 兄様、わしには何誤り! 勘平という夫もあり。きっと二親あるからは、こな様のままにもなるまい。請け出されて親・夫に逢うと思うが、わしゃ楽しみ。どんな事でも謝ろう、赦してくださんせ、赦して!
と、手を合すれば、平右衛門、抜き身(刀)を捨てて、どうど伏し悲嘆の涙にくれけるが、
寺岡平右衛門
可哀や妹、何にも知らぬな。親 與市兵衛殿は六月二十九日の夜、人に斬られてお果てなされた。
お軽
ヤァ それはまあ!
寺岡平右衛門
コリャ まだ、びっくりすな。請け出され添おうと思う勘平も、腹切って死んだわやい。
お軽
ヤアヤアヤアヤア!! それは、まあ、ほんかいの!? コレ のうのう!
と取り付いて、わっとばかりに泣き沈む。
寺岡平右衛門
ヲヽ 道理道理。様子話せば、長い事。おいたわしいは母者人、言い出しては泣き、思い出しては泣き、「娘、軽に聞かしたら泣き死にするであろ、必ず言うてくれな」とのお頼み。言うまいと思えども、とても遁れぬそちが命。その訳は、忠義一途に凝り固まった由良之助殿。勘平が女房と知らねば請け出す義理も無し。元より色には猶ふけらず、見られた状が一大事。請け出し刺し殺す思案の底と確かに見えた。よし、そうのうても壁に耳。他より洩れても、その方が科。密書を覗き見たるが誤り、殺さにゃならぬ。人手に掛きよより我手にかけ、大事を知ったる女、妹とて赦されずと、それを功に連判の数に入ってお供に立ん。小身者の悲しさは、人に勝れた心底を見せねば数には入られぬ。聞き分けて命をくれ、死んでくれ、妹。
と、事を分たる兄の言葉。
お軽は始終せき上げ、せき上げ、
お軽
便の無いは、身の代を役に立ての旅立か、暇乞いにも見えそなものと、恨んでばかりおりました。勿体ないが、とと様は、非業の死でもお年の上。勘平殿は三十になるやならずに死ぬるのは、さぞ悲しかろ、口惜しかろ。逢いたかったであろうのに。なぜ逢わせてはくださせぬ。親・夫の精進さえ知らぬは私が身の因果。何の生ておりましょう。お手に掛からば、かか様がお前をお恨みなされましょ。自害したその後で、首なりと死骸なりと、功に立つなら功にさんせ。 さらばでござる、兄様。
と、言いつつ、刀取り上ぐる。
大星由良之助
やれ待て、しばし。
と、止むる人は、由良之助。
「はっ」と驚く平右衛門。
お軽は、
お軽
離して! 殺して!
と、あせるを押さえて、
大星由良之助
ホウ 兄弟ども見上げた。疑い晴れた。兄は東の供を許す。妹はながらえて未来の追善。
お軽
サア その追善は冥途の供。
と、もぎ取る刀をしっかと持ち添え、
大星由良之助
夫 勘平、連判には加えしかど、敵一人も討ち取らず、未来で主君に言い訳あるまじ。
その言い訳は、コリャ ココに。
と、ぐっと突き込む畳の透間。下には九太夫、肩先縫われて七転八倒。

落合芳幾
 『 仮名手本忠臣蔵 七段目 』
大星由良之助
それ引出せ!
の下地より早く、縁先飛び下りおり、平右衛門。朱に染んだ体をば、無二無三に引ずり出し、
寺岡平右衛門
ヒヤァ 九太夫め、ハテ よい気味。
と、引っ立てて目通りへ投げつくれば、起き立たせもせず、由良之助。たぶさを掴んで、ぐっと引き寄せ、
大星由良之助
獅子身中の虫とは、おのれが事。我君より高地を戴き、莫大の御恩を着ながら、敵 師直が犬となって、有る事/無い事、よう内通ひろいだな(しやがったな)。四十余人の者どもは、親に別れ、子に離れ、一生連れ添う女房を君傾城(遊女)の勤めをさするも、亡君の仇を報じたさ。寝覚にも現にも、御切腹の折からを思い出して無念の涙、五臟六腑を絞りしぞや。
とりわけ、今宵は殿の逮夜。口にもろもろの不淨を言うても、慎みに慎みを重ぬる由良之助に、よう魚肉を突き付たなァ! 嫌と言われず、応と言われぬ胸の苦しさ、三代相恩のお主の逮夜に、咽を通したその時の心、どの様にあろうと思う!? 五体も一度に悩乱し、四十四の骨々も砕くるようにあったわやい。ヘヱヽ 獄卒め、魔王め!
と、土に摺り付け、捻じ付けて、無念、涙に暮れるが、
コリャ 平右衛門、最前、錆刀を忘れ置いたは、こいつをば、なぶり殺しという知らせ。命取らずと、苦痛させよ。
寺岡平右衛門
かしこまった。
と、抜くより早く、踊び上がり、飛び上がり、斬れども、わずか二三寸。明き所も無しに傷だらけ。
のたうち回って、
斧九太夫
平右殿、お軽殿、詫びしてたべ。
と手を合せ、以前は、足軽づれなりと目にもかけざる寺岡に、三拝するぞ見苦しき。
大星由良之助
この場で殺さば言い訳難し、喰い酔った体にして館へ連よ。
と、羽織うち着せ、傷の口隠れ聞いたる矢間・千崎・竹森が、障子ぐわらりと引き開け、
三人
由良之助殿、段々謝り入ましてござります。
大星由良之助
それ平右衛門、喰らい酔うたその客に、加茂川で、ナ、水雑炊を喰らわせい!
寺岡平右衛門
ハア。
大星由良之助
イケ!