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信長公記(巻の5)

巻の5 の現代語表記と登場人物関連のページです。

巻の5
  1572 (元亀 3) 年 壬申
5-01:
武者小路 御普請の事
3月5日、信長公、江北表へ御馬を出だされ、赤坂
(岐阜県大垣市)
に御陣取り。
次日、横山
(滋賀県長浜市)
に至りて御着陣。
3月7日、御敵城 大谷と山本山の間、50町(5.5km) には過ぐるべからず。その間へ押し入り、野陣を懸けさせられ、與語・木本
(滋賀県長浜市)
まで放火なり。
江北の諸侍、連々申す様、
「 與語・木本へ手遣いのみぎりは、節所を越し来たるの間、是非とも一戦に及ぶべき 」の由 申しつる 日頃の口言虚しく、足軽えさえ、しかしかとも仕らず侯て、
異儀なく 9日に横山まで御人数 うち納めれられ、
3月10日、常樂寺
(滋賀県蒲生郡)
に御泊。
3月11日、志賀郡へ御出陣。和爾
(滋賀県大津市)
に御陣を居させられ、
木戸
(岐阜県大垣市)
・ 田中
(岐阜県高島市)
押し詰め、御取り仰せ付けらる。
明智十兵衛明智光秀中川八郎右衛門中川重政丹羽五郎左衛門丹羽長秀 、両 3人 砦に置かせられ、
3月12日、信長公、直ちに御上洛。二条 妙覚寺 御寄宿。
「 とても、細々御参洛の条、信長公 御座所これなく侯ては如何? 」の由にて「 上京 武者小路に空き地の坊跡 これあるを、御居住に相構えらるべき 」の旨、上聞に達せられ候のところ、
「 もっともしかるべき 」の由、仰せ出ださる。即ち、
公儀足利義昭 より御普請仰せ付けらるべき 」の旨の御斟酌、数ヶ度に及ばれ侯といえども、しきりに上意の事侯間、御諚に応えらる。
尾・濃・江 3国の御伴衆は御普請 御赦免なられ、仕らず侯。畿内の面々など在洛にて候。
3月24日、御鍬始め有る。先ず、方に築地をつかせられ、請取りの手前手前に舞台を飾り、児・若衆、色々美々しき出で立ちにて、笛・太鼓・鼓を以て拍子を合わせ囃し立て、各々も興に乗ぜらる。いとどさえ都は人の群衆と申し候へば、御普請の上下、見物の貴賤、花を手折り、袖を連ね、衣香あたり払い四方に薫じ、様々諸の仕立てあり。天下納まり 面白く候なり。
御普請奉行: 村井民部村井貞勝島田所助島田秀満 、 御大工棟梁:池上五郎右衛門 に仰せ付けられ侯ひき。
細川六郎細川昭元 殿・ 岩成主税頭岩成友通 、初めて今度、信長公へ御礼仰せられ、御在洛侯のなり。
今般、 大坂門跡 ( 顕如 )顕如 より「万里江山」
(*1)
の一軸、ならびに「白天目」、信長公へ進上なり。

*1
:「万里江山」 玉澗作

5-02:
交野へ 松永 砦仕り侯て 追払わるるの事
さるほどに、 三好左京大夫三好義継 殿、非儀をおぼし召し立ち、
松永弾正松永久秀 ・ 息右: 衛門佐 ( 松永久通 )松永久通 父子と仰せ談ぜられ、 畠山畠山昭高 殿に対し、既に鉾楯に及ばれ侯。 安見新七郎安見新七郎 居城 交野
(大阪府交野市)
へ差し向い、松永弾正松永久秀 砦を申しつけ侯。その時の大将として 山口六郎四郎・奥田三川 両人、勢衆 300ばかり砦に在城なり。
信長公より
「 討ち果すべき 」の旨にて、遣わされし御人数: 佐久間右衛門佐久間信盛柴田修理亮柴田勝家
森三左衛門 ( 森長可)森長可 ・ 坂井右近 ・ 蜂屋兵庫蜂屋頼隆斎藤新五斎藤利治稲葉伊予稲葉一鉄
氏家左京亮 ( 氏家直昌 )氏家直昌伊賀伊賀守安藤守就不破河内不破光治丸毛兵庫丸毛長照多賀新左衛門多賀常則
この他、五畿内 公方衆を相加え、後詰めとして御人数出だされ、砦を取り巻き、鹿垣結い回しおかれ侯ところに、
風雨の紛りに切り抜け候なり。
三好左京大夫三好義継 殿は若江
(大阪府東大阪市)
に立て籠り、 松永弾正松永久秀 は大和の内、信貴
(奈良県生駒郡)
の城に在城なり。息右: 衛門佐松永久通 は奈良の多門
(奈良県奈良市)
に居城なり。
5月19日、信長、天下の儀、仰せ付けられ、濃州岐阜に至りて御下。

5-03:
奇妙様 御具足初めに 虎後前山 御要害の事
7月19日、信長公の嫡男: 奇妙公 ( 織田信忠 )織田信忠 御具足初めに、信長 御同心なされ、御父子 江北表に至りて御馬を出だされ、その日、赤坂
(岐阜県大垣市)
に御陣取り、次日、横山
(滋賀県長浜市)
に御陣を居えられ、
21日、 浅井浅井長政 居城 大谷へ押し詰め、雲雀山・虎後前山へ御人数上られ、
佐久間右衛門佐久間信盛柴田修理柴田勝家木下藤吉郎羽柴秀吉丹羽五郎左衛門丹羽長秀蜂屋兵庫頭蜂屋頼隆 に仰せ付けられ、町を破らせられ、一支も支えず押し入り、水の手まで追い上げ、数十人討ち取る。
柴田修理柴田勝家稲葉伊予稲葉一鉄氏家左京助氏家直昌伊賀伊賀守安藤守就 、これらを先手に陣取らせ、
次日、 阿閉淡路守 ( 阿閉貞征 )阿閉貞征 立て籠もる居城:山本山へ 木下藤吉郎羽柴秀吉 差し遣わされ、麓を放火。しかる間、城中の足軽ども 100騎ばかり罷り出で相支え、 藤吉郎羽柴秀吉 見計らい、どっと斬りかかり、斬り崩し、頸数 50余討ち取る。信長公、御褒美 斜ならず。
7月23日、御人数をし出だし、越前境 與語・木本・地蔵坊中
(滋賀県長浜市)
をはじめとして、堂塔伽藍・名所旧跡、一宇も残さず焼き払う。
7月24日、草野の谷
(滋賀県長浜市)
、これまた放火侯。
ならびに、大吉寺と申して、高山よき構え 50坊の所に侯。近里近郷の百姓等、当山へ取り上り候。前は嶮難 登り難きによって、麓を襲わせ、夜中より、 木下藤吉郎羽柴秀吉
丹羽五郎左衛門丹羽長秀 、後ろ山続きに攻め上げ、一揆僧俗 数多斬り捨てられ、
海上は打下
(滋賀県高島市)
林與次左衛門 ( 林員清 )林員清明智十兵衛明智光秀 、堅田
(滋賀県大津市)
猪飼野甚介猪飼野正勝山岡玉林山岡景猶馬場孫次郎馬場孫次郎居初又二郎居初又次郎 に仰せ付けられ、囲い舟をこしらえ、海津浦・塩津浦・與語の入海・江北の敵地 焼き払う。
竹生島へ舟を寄せ、火屋・大筒・鉄砲を以て攻められ侯。
この中、江北に聞かず一揆という事を企て、徘徊の奴原、風に木葉の散る様に散り失せ侯て、今は一人もこれなく、猛勢とり詰め、ことごとく田畠を苅田に申しつ付けられ侯間、 浅井浅井長政 人数は次第次第に手薄に罷りなるなり。
7月27日より、虎後前山 御砦の御要害仰せ付けらる。しかれば、 浅井浅井長政 方より
越前の 朝倉朝倉義景 方へ注進の申し様、
「 尾州 河内長島より一揆蜂起侯て、尾・濃の通賂を止め、既に難儀に及ばせ侯間、この節、 朝倉朝倉義景 馬を出だされ侯へば、尾・濃の人数 ことごとく討ち果たす 」の由、偽り申し遣わし侯。
注進、実に心得、 朝倉左京大夫義景朝倉義景 、人数 1万5千ばかりにて、
7月29日、 浅井浅井長政 居城 大谷へ参着侯。しかりといえども、この表のていたらく見及び、抱え難く存知、高山 大嶽
(滋賀県東浅井郡)
へ取り上り、居陣なり。
しかるところを足軽どもに攻むべきを仰せ付けられ、すなわち、若武者ども野に臥せ、山に忍び入り、のぼり・差し物 道具を取り、頸 2つ 3つずつ取り参らざる日もこれ無し。高名の軽重に随い、その御褒美を加えらるるの間、いよいよ嗜み、大方ならず。
8月 8日に越前の 前波九郎兵衛 ( 前波吉継 )前波吉継 父子 3人 、この御陣へ参ぜられ候。信長公の御祝着 斜ならず。すなわち、御帷・御小袖・御馬皆具共に拝領申され候。
翌日また、 富田彌六 ( 富田長繁 )富田長繁 ・戸田與次・ 毛屋猪介毛屋猪介 、参られ候。これまた色々下され、かたじけなき次第、大方ならず。
虎後前山 御砦 御普請ほどなく出来訖んぬ。御巧を以て、
「 当山の景気、興ある仕立、おびただしき御要害 見聞に及ばざる 」の由にて、各々、耳目を驚かされ候。
御座敷より北を御覧ぜられ侯へば、 浅井浅井長政朝倉朝倉義景 、高山 大嶽へ取り上り入城し、難堪の峠に及ぶ。
西は海上漫々として、向いは比叡山八王寺。昔は尊き霊地たりといえども、一年、山門の衆徒等 逆心を企て、自業得果の道理を以て、山上山下灰燼となさんと、これに御憤を散ぜられ、御存分に仰せ付けられたる所なり。
また、南は志賀・唐崎・石山寺、かの本尊と申すは、大国震旦までも隠れなき霊験殊勝の観世音。往昔、紫式部も所願を叶え、古今翫所の源氏の巻を注しおかれたる所なり。
東は高山伊吹山、麓は荒れて残りし不破の関、いずれも眼前に及ぶところの景気、また、丈夫なる御普請、申し尽しがたき次第なり。
虎後前山より横山までの間、3里(12km)なり。ほど遠く候間、その繋ぎとして八相山・宮部郷 両所に御要害仰せ付けらる。宮部村には、 宮部善祥坊 ( 宮部継潤 )宮部継潤 入れ置かせられ、八相山には御番手の人数仰せ付けらる。
虎後前山より宮部
(滋賀県東浅井郡)
まで、路次の一段悪しく候。武者の出入りのため、道の広さ 3間間中(6.4m)に高々とつかせられ、そのへり、敵の方に高さ 1丈(3m)に 50町(5.5km)の間、築地をつかせ、水を関に入れ、往還たやすき様に仰せ付けらるる事も、おびただしき御要害、申すも愚かに候。
朝倉朝倉義景 、この表に候ても苦しからず候間、横山に至りて、信長公 御馬を納めらるべきの旨に候。その一両日以前に、 朝倉朝倉義景 方へ使者を立てさせられ、
「 とても、これまで出張の事に候間、日限をさし、一戦をもって果てられ候へ 」てと、 堀久太郎 ( 堀秀政 )堀秀政 を以て仰せ遣わされ候といえども、なかなか返答に及ばざるの間、虎後前山には、 羽柴藤吉郎羽柴秀吉 定番として、入れ置かる。
9月16日、信長公、嫡男: 奇妙織田信忠 公、御父子、横山に至りて御馬を納められ候へき。
霜月(11月) 3日、 浅井浅井長政朝倉朝倉義景 人数を出だし、虎後前山より宮部までつかせられ候、築地、引き崩すべき手立てとして、 浅井七郎浅井七郎 足軽大将にて、先を仕懸り来たる。
すなわち、 羽柴藤吉郎羽柴秀吉 人数を出だし取り合う。 梶原勝兵衛・ 毛屋猪介毛屋猪介富田彌六富田長繁中野又兵衛中野一安瀧川喜左衛門、先懸けにて暫し支え合い、追い崩し、各々功名比類無し。
瀧川喜左衛門 事、日頃 御近習に召し使われし者にて候。以前、大谷表にて大差し物を仕り罷り出で、させる働きもこれなく、「 曲事!」と仰せ出ださる。この頃、御勘当を蒙り虎後前山に居残り、今度、目に見え候 働きを仕り、各々御取り合いにて、御前へ召し出だされ、面目を播すなり。

5-04:
味方ヶ原合戦の事
これは遠州表の事。
霜月(11月)下旬、 【 信玄武田信玄 、遠州 二股の城 取巻く!】の由、注進これあり。
すなわち、信長公 御家老の衆: 佐久間右衛門佐久間信盛平手甚左衛門平手汎秀水野下野守水野信元 大将として、御人数 遠州浜 遠州浜松に至り参陣のところに、早や、二股
(静岡県浜松市)
の城 攻め落し、その競いに、 武田信玄武田信玄 堀江の城へうち回りたり相働き候。
家康徳川家康 も浜松の城より御人数出だされ、身方ヶ原にて足軽ども取合い、 佐久間佐久間信盛平手平手汎秀 をはじめとして懸け付け、互いに人数立ち合い、既に一戦に取り向かう。
武田信玄武田信玄 、水股の者と名付けて 300人ばかり真先に立て、彼等にはつぶてを打たせて、推し大鼓を打ちて、人数かかり来る。1番合戦に、 平手甚左衛門平手汎秀 、同家臣の者、 家康徳川家康 公の御内衆:成瀬藤蔵、12月22日、身方ヶ原にて数輩 討ち死、これあり。
さるほどに、信長公、幼稚より召し使われ侯、御小姓衆: 長谷川橋介長谷川橋介佐脇藤八佐脇良之
山口飛騨山口飛騨賀藤彌三郎賀藤彌三郎 4人、信長公の御勘当を蒙り、 家康徳川家康 公を頼み奉り、遠州に身を隠し居住侯らひし。これまた 1番合戦に一手にかかり合い、手前比類なき討ち死なり。
ここに希代の事ある様子は、尾州清洲の町人:具足屋 玉越三十郎とて、年の頃 24,5の者あり。4人衆 見舞いとして、遠州浜松へ参られ侯折節、 武田信玄武田信玄 、堀江の城 取り詰め、在陣の時に侯。
「 定めて、この表 相働くべく侯。さ侯はば一戦に及ぶべく侯間、早々、罷り帰り侯へ 」と、4人衆達、意見侯へば、
「 これまで罷り参り侯のところを外して罷り帰り侯はば、以来、口は聞かれまじく侯間、4人衆討ち死ならば、同心すべき 」と申し切り、罷り帰らず。4人衆と一所に斬って回り、枕を並べて討ち死なり。
家康徳川家康 公、中筋切り立てられ、軍の中に乱れ入り、左へ付きて、身方ヶ原のきし道の一騎打ちを退かせられ侯を、御敵、先に待ち受け 支え侯。馬上より御弓にて射倒し、駆け抜け、御通り侯。これのみならず、弓の御手柄、今に始まらず。浜松の城 堅固に御かかわりなさる。
信玄武田信玄 は勝利を得、人数打ち入れ侯なり。



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 6-03: 石山・今堅田 攻められ候...
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 13-11: 佐久間・林佐渡・丹羽...
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 14-02: 御馬揃えの事
 14-07: 8月朔日 御馬揃えの事
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 15-26: 羽柴筑前守秀吉、備中...
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足利義昭 [35] あしかが よしあき

阿閉貞征 [44] あつじ さだゆき

安藤守就 [69] あんどう もりなり

猪飼野正勝 [--] いかいの まさかつ

居初又次郎 [--] いそめ またじろう

稲葉一鉄 [57] いなば いってつ

岩成友通 [--] いわなり ともみち

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 10-03: 御名物召し置かるるの事
 10-09: 信貴城 攻め落さるるの事
 11-06: 高倉山西国陣の事
 11-08: 播磨神吉城攻めの事
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 14-01: 御爆竹の事
 14-02: 御馬揃えの事
 14-06: 因幡国 鳥取城 取り詰...
 15-11: 越中富山の城、神保越...
 15-12: 武田典厩 生害、下曾禰...
 0-09: 備後守 病死の事
 0-12: 深田松葉 両城 手替わりの事
 0-15: 柴田権六 中市場 合戦の事
 0-18: 勘十郎殿 林 柴田 御敵の事
 0-25: 家康公 岡崎の御城へ...
 1-04: 信長御入洛十余日の内に...
 2-06: 阿坂の城 退散の事
 3-04: 越前 手筒山攻め落せらる...
 3-06: 落窪合戦の事
 3-07: たけくらべ・かりやす砦の事
 3-10: 志賀御陣の事
 4-03: 大田口合戦の事
 4-04: 志むら攻め干さるるの事

島田秀満 [--] しまだ ひでみつ

多賀常則 [--] たが つねのり

武田信玄 [51] たけだ しんげん

徳川家康 [29] とくがわ いえやす

富田長繁 [21] とだ ながしげ

中川重政 [--] なかがわ しげまさ

中野一安 [46] なかの かずやす

丹羽長秀 [37] にわ ながひで

 織田の家臣。丹羽五郎左衛門
 5-01: 武者小路 御普請の事
 5-03: 奇妙様 御具足初めに...
 6-03: 石山・今堅田 攻められ候...
 6-05: 百済寺伽藍 御放火の事
 6-07: 公方様 真木島に至りて御...
 6-11: 阿閉 謀叛の事
 7-02: 前波生害、越前一揆蜂起の事
 7-04: 蘭著待 切り取らるるの事
 7-09: 河内長島一篇に仰せ付けら...
 8-01: 御分国 道作り 仰せ付けら...
 8-02: 公家領 徳政にて仰せ付け...
 8-03: 河内国新堀城攻め干され...
 8-04: 三州 長篠 御合戦の事
 8-06: 禁中において親王様 御鞠...
 8-07: 越前御進発、賀・越 両国...
 9-01: 安土 御普請の事
 9-04: 御後巻 再三 御合戦の事
 10-01: 雑賀御陣の事
 10-03: 御名物召し置かるるの事
 10-06: 柴田 北国 相働くの事
 10-07: 松永謀叛 並びに 人質...
 10-09: 信貴城 攻め落さるるの事
 10-13: 三州吉良へ御鷹野の事
 10-14: 中将信忠へ御名物11種...
 11-01: 御茶の湯の事
 11-06: 高倉山西国陣の事
 11-08: 播磨神吉城攻めの事
 11-13: 荒木摂津守 逆心を企て...
 11-14: 安部二右衛門 御忠節の事
 11-15: 丹波国波多野館取り巻...
 12-01: 摂津国 御陣の事
 12-03: 二条殿・烏丸殿・菊庭...
 12-05: 丹波国 波多野兄弟 張...
 12-09: 宇治橋 取り懸けの事
 12-10: 北畠中将殿 御折檻状の事
 12-18: 伊丹城 相果たし、御成...
 13-01: 播州 三木落居の事
 13-05: 阿賀の寺内 申し付くる...
 14-02: 御馬揃えの事
 14-03: 高天神 干殺し 歴々 討...
 14-04: 和泉 巻尾寺 破滅の事
 14-06: 因幡国 鳥取城 取り詰...
 14-09: 能登・越中 城々破却の事
 14-10: 伊賀国、三介殿に仰せ...
 14-11: 伊賀国へ 信長 御発向...
 15-14: 人数備えの事
 15-19: 御国割りの事
 15-23: 信長公 甲州より御帰陣...
 15-25: 家康公・穴山梅雪 御上...
 15-28: 家康公・穴山梅雪、奈...
 0-05: 景清 あざ丸刀の事
 0-40: 加治田之城 御味方に参る事
 0-41: 犬山両おとな 御忠節の事
 0-42: 濃州 伊木山へ御上りの事
 0-43: 堂洞砦 攻めらるの事
 1-04: 信長御入洛十余日の内に...
 2-05: 名物 召され置きの事
 2-06: 阿坂の城 退散の事
 3-02: 名物 召し置かるるの事
 3-04: 越前 手筒山攻め落せらる...
 3-07: たけくらべ・かりやす砦の事
 3-08: 姉川合戦の事
 3-10: 志賀御陣の事
 4-01: 佐和山城 渡し進上の事
 4-04: 志むら攻め干さるるの事
 4-06: 御修理造り畢るの事

羽柴秀吉 [35] はしば ひでよし

 織田の家臣。木下藤吉郎
 5-03: 奇妙様 御具足初めに 虎後...
 6-07: 公方様 真木島に至りて御...
 6-08: 真木島にて御降参 公方様...
 6-10: 岩成 討ち果たされ候事
 6-11: 阿閉 謀叛の事
 7-02: 前波生害、越前一揆蜂起の事
 7-10: 樋口夫婦 御生害の事
 8-07: 越前御進発、賀・越 両国...
 9-01: 安土 御普請の事
 9-04: 御後巻 再三 御合戦の事
 10-01: 雑賀御陣の事
 10-03: 御名物召し置かるるの事
 10-06: 柴田 北国 相働くの事
 10-09: 信貴城 攻め落さるるの事
 10-10: 中将信忠御位の事
 10-12: 但馬・播磨、羽柴に申...
 10-13: 三州吉良へ御鷹野の事
 11-01: 御茶の湯の事
 11-04: 磯野丹波・磯貝新左衛...
 11-06: 高倉山西国陣の事
 11-07: 洪水の事
 11-08: 播磨神吉城攻めの事
 11-13: 荒木摂津守 逆心を企て...
 11-15: 丹波国波多野館取り巻...
 12-03: 二条殿・烏丸殿・菊庭...
 12-05: 丹波国 波多野兄弟 張...
 12-07: 荒木 伊丹城・妻子捨て...
 12-14: 氏政 甲州表へ働きの事
 13-01: 播州 三木落居の事
 13-05: 阿賀の寺内 申し付くる...
 13-08: 因幡・伯耆両国に至り...
 13-11: 佐久間・林佐渡・丹羽...
 14-03: 高天神 干殺し 歴々 討...
 14-06: 因幡国 鳥取城 取り詰...
 14-07: 8月朔日 御馬揃えの事
 14-12: 因幡国 鳥取 果て口の事
 14-13: 伯耆国 南条表 発向の事
 14-14: 淡路島 申し付けらるる...
 14-15: 悪党 御成敗の事
 15-02: 御爆竹の事
 15-05: 木曾義政 忠節の事
 15-13: 中国表 羽柴筑前 働き...
 15-26: 羽柴筑前守秀吉、備中...
 1-04: 信長御入洛十余日の内に...
 2-06: 阿坂の城 退散の事
 3-04: 越前 手筒山攻め落せらる...
 3-07: たけくらべ・かりやす砦の事
 3-08: 姉川合戦の事
 3-10: 志賀御陣の事
 4-02: 箕蒲合戦の事

長谷川橋介 [--] はせがわ きょうすけ

 織田の武将。與次の弟
 5-04: 味方ヶ原合戦の事
 0-24: 今川義元 討ち死の事

畠山昭高 [38] はたけやま あきたか

蜂屋頼隆 [38] はちや よりたか

馬場孫次郎 [--] ばば まごじろう

林員清  [--] はやし かずきよ

平手汎秀 [19] ひらて ひろひで

不破光治 [--] ふわ みつはる

細川昭元 [24] ほそかわ あきもと

堀秀政  [19]  ほり ひでまさ

前波吉継 [31] まえば よしつぐ

松永久秀 [62] まつなが ひさひで

松永久通 [29] まつなが ひさみち

丸毛長照 [--] まるも ながてる

水野信元 [--] みずの のぶもと

宮部継潤 [44] みやべ けいじゅん

三好義継 [23] みよし よしつぐ

村井貞勝 [52] むらい さだかつ

森長可  [14]  もり ながよし

安見新七郎 [--] やすみ しんひちろう

山岡景猶 [--] やまおか かげなお

山口飛騨 [--] やまぐち ひだ