九條武子夫人の作品


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ニューオータニ美術館で開催中の「知られざるプライベートコレクション ジャパンビューティ 描かれた日本美人」展、広く複数の個人蔵作品を集めた美人画展覧会かと思っていたのですが、浮世絵コレクターの中右瑛氏によって形成された朝比奈文庫というところの所蔵作品でした(上村松園の2点のみ、他の個人蔵)。

清方、松園の、いわゆる美人画大御所の他にも、なかなかお目にかかれない、山川秀峰や池田輝方に蕉園、中村大三郎、北野恒富等、さらには、伊藤小坡、栗原玉葉、松浦舞雪(後期)等々の作品が並びます。

そういう中、一つ「おやっ?」と思ったものに、九條武子夫人(号は松契)の作品がありました。

九條武子という方は京都西本願寺法主の娘で、歌人として、また、京都女子高等専門学校(現在の京都女子大)を設立した教育者として、さらには、関東大震災後の復興の社会活動にも尽力した人です。ウィキペディア などにも、そういう記述になっています。

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ところが、アートファンのみなさんは、この写真を見られた方も多いのでは無いかと思います。左側で上村松園 が指導している、この右の人が九条武子夫人。この古い白黒の小さな写真だけでも相当な美人であることが伺えますが、事実「大正の三大美人」とされた人で、日本人離れした美人という感じですね。

松園の『 月蝕の宵 』 1916 (T05) という作品のモデルにもなっています。

この写真を見たとき、失礼ながら美人公家さんの手習いだろうか? と思ったのですが、号ももらって作品を作成されていたのですね。今回、彼女の作品に初めて逢えました。

九條武子 『 月下逍遥 』 (前期のみ展示)

作品自体は、確かに松園を引き継ぐものでしょうが、線を含めて全体が弱いかな、という感じです。(もっとも、強すぎる松園と比較したら、誰もが弱く感じるものでしょうが。。) 松園に弟子入りしたのが 1916(T05)頃で、1920(T09)頃までだったそうで、東京に出てからは先述の通り、関東大震災復興などに奔走していますので、画業に従事した期間は短かったのでしょう。

さて、山川秀峰 も、この九條武子夫人を描いています。雑誌「婦人倶楽部」の連載小説「九條武子の生涯」の挿絵を担当した後、帝展に出品され特選となった、『 大谷武子姫 』 1930(S05) という作品があります。

しかし、濃い人生を送った彼女は、昭和3年に42歳の若さで亡くなっています。美人薄命です。

at ニューオータニ美術館
前期: 3.16- 4.21 / 後期: 4.23- 5.26
図録: 2,000円