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萬鉄五郎
 絵画作品と所蔵美術館

よろず てつごろう 1885(M18).11.17 - 1927(S02). 5. 1 en  English
萬鉄五郎『 もたれて立つ人 』
日本で初めてフォーヴィスムとキュビズムの影響を受けて作品を発表した人と言われる。しかし、この作品などはイタリアのフューチャリズム(未来派)の影響を受けているだろう。ともかく、溶鉱炉の鉄のように真っ赤に焼けたポーズとは珍しく、本人のその後の作品にも、これだけ特異な作品は見られないようだ。
もたれて立つ人 』 1917 (T06) 162.5*112.5 ▲ 切手  東京国立近代美術館




没後90年 萬鐵五郎 展
 2017. 7. 1 - 9. 3   神奈川県立近代美術館・葉山/地図   > 展覧会ページ

 → 気になる美術展一覧


 Title  Year  Museum  I
『 裸婦 』
1909 (M42)
岩手県立美術館
『 住吉神社風景 』
1909 (M42)頃
平塚市美術館
『 海景習作 』
1909 (M42)頃
平塚市美術館
『 裸婦習作 』
1909 (M42)頃
岩手県立美術館
『 風景 』
1910 (M43)頃
板橋区立美術館
『 水辺風景 』
1911 (M44)頃
横須賀美術館
『 自画像 』
1912 (T01)
東京藝術大学大学美術館
裸体美人 』  
重文
1912 (M45)
東京国立近代美術館
『 風景 』
1912 (T01)
神奈川県立近代美術館
『 風景・春 』
1912 (T01)
宮城県美術館
『 女の顔(ボアの女)』
1912 (T01)
岩手県立美術館
雲のある自画像
1912 (T01)
岩手県立美術館
『 雲のある自画像 』
1912 (T01)
大原美術館
『 田園風景 』
1912 (T01)頃
神奈川県立近代美術館
『 風景 』
1912 (M45)頃
茨城県近代美術館
赤い目の自画像
1912-14 (M45-T02)
岩手県立美術館
『 日傘の裸婦 』
1913 (T02)
神奈川県立近代美術館
『 裸婦習作 』
1913 (T02)頃
岩手県立美術館
『 ガス灯 』
1914 (T02)頃
横須賀美術館
『 家のある風景 』
1915 (T04)
茨城県近代美術館
『 雪の景(土沢)』
1915 (T04)
新潟県立近代美術館
『 自画像 』
1915 (T04)
宮城県美術館
もたれて立つ人 』  
重文  ▲ 切手
1917 (T06)
東京国立近代美術館
『 もたれて立つ人習作 』
1917 (T06)
岩手県立美術館
『 土沢風景 』
1917 (T06)頃
大川美術館
『 庫 』
1918 (T07)
福島県立美術館
『 静物(薬鑵と茶道具のある静物)』
1918 (T07)
岩手県立美術館
『 裸婦 』
1918 (T07)
神奈川県立近代美術館
『 木蔭の村 』
1918 (T07)
ポーラ美術館
『 木の間風景 』
1918 (T07)
新潟県立近代美術館
『 立てる裸婦 』
1921 (T10)頃
岩手県立美術館
『 茅ヶ崎風景 』
(日)
1922 (T11)
平塚市美術館
雲と裸婦
1922 (T11)頃
平塚市美術館
『 荒模様 』
1923 (T12)
練馬区立美術館
『 ねて居るひと 』
1923 (T12)
北九州市立美術館
『 富士(砂丘風景)』
1924 (T13)
平塚市美術館
『 宙腰の人 』
1924 (T13)
平塚市美術館
『 男 』
1925 (T14)
岩手県立美術館
『 羅布かづく人 』
1925 (T14)
岩手県立美術館
『 湘南風景 』
1926 (T15)
東京国立近代美術館
『 裸婦(ほお杖の人)』
1926 (T15)
東京国立近代美術館
『 椿 』
1926 (T15)
平塚市美術館
『 湘南風景 』
1926 (T15)
平塚市美術館
『 静物 』
1926 (T15)
平塚市美術館
『 風景 』
不明
府中市美術館
『 風景・雪 』
不明
神奈川県立近代美術館
『 田舎風景 』
(日)
不明
平塚市美術館
【 語録 】 芸術家は先づ壺の様なものだと思つて見るとよい。その壺にアカデミツクを段々つめ込んで口までになつたら猶山盛りにして棒でうんと押し付けるのだ。屹度底からはね返して来るだらう。その力を個性と言つてもよいのだ。はね返さないのは無個性の凡くらだ。
【 略歴 】
 1885 (M18) : 11/17 岩手 生まれ
 1903 (M36) : 上京し、早稲田中学に通いつつ、白馬会第二研究所で学ぶ
 1906 (M39) : 卒業後、宗活禅師率いる両忘庵一行と共に渡米し普及活動に従事。絵画が学べず半年で帰国
 1907 (M40) : 東京美術学校 西洋画科入学
 1911 (M44) : 広島新太郎ら共にアブサント会結成に参加
 1912 (M45) : 卒業制作展に『 裸体美人 』を出品。第1回フュウザン会に出品
 1914 (T03) : 帰郷 ~ 1916
 1917 (T06) : 第4回二科展に『 もたれて立つ人 』出品
 1919 (T08) : 病気療養のため神奈川の茅ヶ崎に転居。日本画も始め、後に南画研究も行う
 1922 (T11) : 春陽会設立に参加
 1923 (T12) : 小林徳三郎らと共に円鳥会を組織
 1927 (S02) : 5/ 1 茅ヶ崎にて逝去


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