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熊谷守一
 絵画作品と所蔵美術館

くまがい もりかず 1880(M13). 4. 2 - 1977(S52). 8. 1 enh  English
動物や昆虫などを観察し尽くすことにより、ギリギリのギリまで描写を単純化させて、それでいて生き生きと表現することに成功しているという、驚くべきテクニック。

 Title  Year  Museum  I
『 自画像 』
1904 (M37)
東京藝術大学大学美術館
『 半裸婦 』
1904 (M37)
東京国立近代美術館
『 横向裸婦 』
1904 (M37)
天童市美術館 村山コレクション
『 蝋燭 』
1909 (M42)
岐阜県美術館
『 松 』
1925 (T14)
東京国立近代美術館
『 人物 』
1927 (S02)
熊谷守一美術館
『 陽の死んだ日 』
1928 (S03)
大原美術館
『 着物の女 』
1930 (S05)頃
大川美術館
『 裸婦 』
1930 (S05)頃
岐阜県美術館
『 水死人 』
1931 (S06)
茨城県近代美術館
『 夜 』
1931 (S06)
茨城県近代美術館
『 裸婦 』
1932 (S07)頃
天一美術館
『 烏 』
1935 (S10)頃
名古屋市美術館
『 高原の秋 』
1935 (S10)頃
豊田市美術館
『 裸 』
1937 (S12)
愛知県美術館
『 烏 』
1938 (S13)
愛知県美術館
『 谷ヶ岳 』
1940 (S15)
茨城県近代美術館
『 八ヶ岳 秋 』
1940 (S15)頃
名古屋市美術館
1943 (S18)
埼玉県立近代美術館
『 秋 』
1945 (S20)
名古屋市美術館
『 ヤキバノカエリ 』
1947 (S22)
岐阜県美術館
『 仏前 』
1948 (S23)
熊谷守一美術館
『 縁側 』
1949 (S24)
熊谷守一美術館
『 土饅頭 』
1954 (S29)
愛知県美術館
『 小菊 』
1956 (S31)
メナード美術館
『 化粧 』
1956 (S31)
京都国立近代美術館
『 柿接木(柿若葉)』
1957 (S32)
天一美術館
『 青柿 』
1957 (S32)
メナード美術館
『 シヂミ蝶 』
1958 (S33)
豊田市美術館
鬼百合に揚羽蝶
1959 (S34)
東京国立近代美術館
『 紫陽花と鶏 』
1959 (S34)
天一美術館
『 百日草 』
1959 (S34)
天一美術館
『 わさび谷 』
1959 (S34)
天一美術館
『 群鶏 』
1959 (S34)
メナード美術館
『 タンポポに蝶 』
1960 (S35)
笠間日動美術館
『 きび畑 』
1960 (S35)
ポーラ美術館
『 山椿 』
1960 (S35)
名古屋市美術館
『 蔵王 』
1960 (S35)
メナード美術館
『 水口 』
1960 (S35)
メナード美術館
『 ざくろ 』
1960 (S35)
メナード美術館
『 ほたるぶくろ 』
1961 (S36)
静岡県立美術館
『 ザボン 』
1962 (S37)
サンリツ服部美術館
班猫
1962 (S37)
メナード美術館
『 向月 』
1963 (S38)
メナード美術館
『 地蜘蛛 』
1963 (S38)
メナード美術館
『 千日草 』
1963 (S38)
メナード美術館
『 畳の裸婦 』
1964 (S39)
東京国立近代美術館
『 桜 』
1964 (S39)
熊谷守一美術館
『 冬の夜 』
1964 (S39)
名古屋市美術館
『 扶桑 』
1964 (S39)
メナード美術館
『 鴨跖草 』
1964 (S39)
泉屋博古館
『 瓜 』
1964 (S39)
ひろしま美術館
『 峠ぶきに蝶 』
1964 (S39)
セキ美術館
『 瓜 』
1965 (S40)
ポーラ美術館
『 かまきり 』
1965 (S40)
駒形十吉記念美術館
『 枯木 』
1966 (S41)
熊谷守一美術館
『 きんけい鳥 』
1966 (S41)
神奈川県立近代美術館
『 泉 』
1969 (S44)
熊谷守一美術館
『 為朝百合 』
1970 (S45)
メナード美術館
『 野草 』
1972 (S47)
泉屋博古館
『 太郎稲荷 』
1975 (S50)
熊谷守一美術館
『 白バラ 』
1940 (S15)以降
大川美術館
『 風景 』
不明
府中市美術館

【 略歴 】
 1880 (M13) : 4/2 岐阜県 生まれ。熊谷孫六郎(岐阜市市長)の三男。3歳の時に生母と離れる
 1897 (M30) : 上京。慶應義塾普通部に在籍し画家を目指す。共立美術学館で日本画を学ぶ
 1900 (M33) : 東京美術学校 西洋学科入学。黒田清輝藤島武二 等に指導を受ける。同期に 青木繁
 1904 (M37) : 同校を主席で卒業。白馬会第9回展に出品。卒業後、農務省の樺太調査隊に2年間参加
 1909 (M42) : 第3回文展に『 蝋燭 』を出品し褒状を受ける
 1910 (M43) : 生母の死を契機に木曽山中に戻り、長兄宅で6年間過ごす。絵画制作から離れる
 1915 (T04) : 再び上京。二科会に属し、1940年代まで同会を中心に活動
 1947 (S22) : 第二紀会結成に参加。1951年退会。以後画壇を離れ、自宅に籠り仙人のような生活をする
 1965 (S40) : 文化勲章辞退
 1977 (S52) : 8/1 東京にて逝去


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