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信長公記(巻の3)

巻の3 の現代語表記と登場人物関連のページです。

巻の3
 1570 (元亀元) 年 庚午
3-01:
常楽寺にて相撲の事
2月25日、御上洛、赤坂
(岐阜県大垣市)
御泊。
26日、常楽寺
(滋賀県蒲生郡)
まで御出でなされ、御逗留。
3月3日に江州 国中の相撲取りを召し寄せられ、常楽寺にて相撲を取らせ、御覧侯。
人数の事:百済寺の鹿・百済寺の小鹿・たいとう・正権・長光・宮居眼左衛門・
河原寺の大進・はし小僧・深尾又次郎鯰江又一郎青地與右衛門青地與右衛門 。この他、随分の手取りの相撲ども、我も我も数を知らず馳せ集まる。その時の行司は 木瀬蔵春庵木瀬蔵春庵
鯰江又一郎・ 青地與右衛門青地與右衛門 、取り勝り、これによって、 青地青地與右衛門 ・鯰江 召し出だされ、両人の者に熨斗付けの大刀・脇差を下され、今日より御家人に召し加えられ、相撲の奉行を仰せ付けらる。両人面目の至りなり。
ここに 深尾又次郎、能き相撲、面白く仕り侯て、御感なされ、御服下さる。かたじけなき次第なり。
3月5日、御上洛。上京 驢庵に至りて御寄宿。畿内隣国の面々等、三州より 家康徳川家康 公 御在洛。門前市をなす事なり。

3-02:
名物 召し置かるるの事
さるほどに、天下に隠れ無き名物、堺に在り候 道具の事
  天王寺屋宗及 ( 津田宗及 )津田宗及 -「菓子の絵」
  薬師院    -「小松島」
  油屋常祐   -「柑子口」
  松永弾正松永久秀   -「鐘の絵」
(*1)
いずれも覚えの一種ども「 召し置かれたき 」の趣、 友閑松井友閑丹羽五郎左衛門丹羽長秀 御使にて、仰せ出ださる。違背申すべきに非ず侯の間、異議なく進上。すなわち、代物、金銀をもって仰せ付けられ候ひき。

*1
:伝 牧谿筆「煙寺晩鐘図」(「瀟湘八景図」の一つ)  畠山記念館

3-03:
観世大夫・今春大夫 立合いに御能の事
4月14日 公方足利義昭 様 御構え、御普請 造り畢るの御祝言として、観世大夫・今春太夫 立ち合いに御能。
 1番 「たまの井」 観世
 2同 「三輪」 
ワキ:小二郎
 今春
 3同 「張良」 観世
 4同 「あしかり」 
ワキ:大蔵新三
 今春
 5同 「松風」 観世
 6同 「紅葉狩り」 
ワキ:大蔵新三
 今春
 7番 「とおる」 観世
  一 地謡 生駒外記・野尻清介
  一 大つゝみ 伊徳高安・大蔵二介・喜三郎
  一 小つゝみ 彦右衛門・日吉孫一郎・久二郎・三蔵
  一 たいこ 又二郎・與左衛門
  一 伊藤宗十郎・春日與左衛門
 一 飛騨国司: 姉小路中納言卿 ( 姉小路自綱 )姉小路自綱
 一 伊勢国司: 北畠中将卿北畠具教
 一 三州 徳川家康徳川家康
 一  畠山 ( 畠山昭高 )畠山昭高 殿
 一  一色 ( 一色義道 )一色義道 殿
 一 三好左京大夫三好義継
 一 松永弾正松永久秀
摂家・清花 御衆歴々、畿内隣国の面々等、群衆、晴れがましき見物なり。
ここに於いて、「 信長公、御官を進められ侯へ 」と上意侯といえども、御辞退なされ、御請け、これ無し。かたじけなくも 三献の上、 公儀足利義昭 御酌にて御盃を御拝領。御面目の至りなり。

3-04:
越前 手筒山攻め落せらるるの事
4月20日、信長公 京都より直ちに越前へ御進発。坂本をうち越え、その日、和邇
(滋賀県大津市)
に御陣取り。
21日、高島
(滋賀県高島市)
の内、田中が城に御泊。
22日、若州 熊河
(福井県三方上中郡)
、松宮玄蕃 所に御陣宿。
23日、佐柿
(福井県三方郡)
栗屋越中 が所に至りて御着陣。翌日、御逗留。
25日、越前の内、敦賀表へ御人数を出ださる。信長公 駆け回し御覧じ、すなわち手筒山
(福井県三方上中郡)
へ御取り懸け侯。かの城、高山にて東南峨々と聳えたり。しかりといえども、しきりに
「 攻め入るべき!」の旨、御下知の間、既に一命を軽んじ粉骨の節を励まれ、ほどなく攻め入り、頸数 1,370討ち捕り、ならびに、金ヶ崎
(福井県敦賀市)
の城に、朝倉中務大輔 立て籠り侯。
翌日、また取り懸け、攻め干さるべきのところ、色々降参致し退出侯。
引壇
(福井県敦賀市)
の城、これまた、明け退き侯。すなわち、 瀧川喜右衛門滝川彦右衛門
山田左衛門山田左衛門 両人差し遣わされ、塀・櫓引き下ろし破却させ、木目峠うち越え、国中御乱入なすべきのところ、
【 江北 浅井備前 ( 浅井長政 )浅井長政 、手の反覆!!】の由、追々その注進侯。しかれども、
浅井浅井長政 は歴然、御縁者たるの上、あまつさえ江北一円に仰せ付けらるるの間、不足あるべからざるの条、虚説たるべし 』とおぼし召し侯ところ、方々より事実の注進侯。
「 是非に及ばざる 」の由にて、金ヶ崎の城には 木下藤吉郎羽柴秀吉 残し置かせられ、4月晦日、朽木越えをさせられ、朽木信濃守 馳走申し、京都に至りて御人数うち納められ、
これより、 明智十兵衛明智光秀丹羽五郎左衛門丹羽長秀 両人、若州へ差し遣わされ、
武藤上野 人質取り侯て参るべき 」の旨、御諚侯。すなわち、武藤上野守 母儀を人質として召し置き、その上、武藤構え 破却させ、
5月6日、針畑越えにて罷り上り、右の様子、言上侯。
しかる間、江州 路次通りの御警固として、
稲葉伊予 父子 3人 斎藤内蔵人佐( 斎藤利三 )斎藤利三 、江州 守山
(滋賀県守山市)
の町に置かれ侯ところ、既に一揆蜂起せしめ、へそ村
(滋賀県栗東市)
に煙上がり、守山の町 南の口より焼き入りしこと、 稲葉稲葉一鉄 、諸口を支え 追い崩し、数多斬り捨て、手前の働き比類無し。
さて、京表 面々等の人質取り固め、 公方足利義昭 様へ御進上なされ、
「 天下御大事これあるに於いては、時日を移さず御入洛あるべき 」の旨、仰せ上げらる。
5月9日、御下。志賀の城・宇佐山
(滋賀県大津市)
こしらえ、 森三左衛門森可成 をかせられ、
12日に永原
(滋賀県野洲市)
まで御出。永原に 佐久間右衛門佐久間信盛 置かれ、長光寺
(滋賀県近江八幡市)
柴田修理亮柴田勝家 在城、安土城に 中川八郎右衛門中川重政 立て籠もる。
この如く、塞々に御人数 残し置かせられ、

3-05:
千草峠にて鉄砲撃ち申すの事
5月19日、御下のところ、 浅井備前浅井長政 、総江
(滋賀県東近江市)
の城へ人数を入れ、市原の郷
(滋賀県東近江市)
一揆を催し、通路を止むべき行て、仕り侯。
しかれども、日野 蒲生右兵衛大輔蒲生賢秀布施藤九郎 ( 布施公保 )布施公保 ・香津畑の 菅六左衛門、馳走申し、千草越えにて御下なされ侯。
さ候ところ、 杉谷善住坊杉谷善住坊 と申す者、 佐々木左京大夫承禎六角義賢 に頼まれ、千草山中
(三重県三重郡)
道筋に鉄砲を相構え、情なく 12,3間(22-24m)隔て、信長公を差し付け、ニつ玉にて撃ち申し侯。されども、天道昭覧にて、御身に少しずつ打ちかすり、鰐の口を御のがれ侯て、めでたく、5月21日、濃州 岐阜 御帰陣。

3-06:
落窪合戦の事
6月4日 佐々木承禎六角義賢 父子、江州 南郡 所々に一揆を催し、野洲川表へ人数を出だし、
柴田修理柴田勝家佐久間右衛門佐久間信盛 懸け向い、野洲川にて足軽に引き付け、落窪の郷
(滋賀県野洲市)
にて取り合い一戦に及び、斬り崩し、討ち取りし頸の注文:三雲父子・高野瀬・水原・伊賀・甲賀衆 究竟の侍 780討ち取り、江州 過半、相静まり。

3-07:
たけくらべ・かりやす砦の事
さるほどに、 浅井備前浅井長政 、越前衆を呼び越し、長比・苅安
(滋賀県米原市)
両所に要害を構え侯。
信長公 御調略を以て、 堀 ( 堀秀村 )堀秀村樋口 ( 樋口直房 )樋口直房 御忠節仕るべき旨、御請なり。 6月19日、信長公 御馬を出だされ、
堀秀村樋口樋口直房 謀叛の由承り、長比・苅安、取る物も取り敢えず退散なり。
長比に一両日 御逗留なさる。
6月21日、 浅井浅井長政 居城:大谷
(滋賀県長浜市)
へ取り寄せ、 森三左衛門森可成坂井右近坂井政尚
斎藤新五斎藤利治市橋九郎右衛門市橋長利佐藤六左衛門 ( 佐藤秀方 )佐藤秀方塚本小大膳塚本小大膳不破河内不破光治丸毛兵庫頭丸毛長照 、雲雀山へ取り上げ、町を焼き払う。
信長公は諸勢を召し列れられ、虎後前山へ御上りなされ、一夜御陣を居えさせられ、
柴田修理柴田勝家佐久間右衛門佐久間信盛蜂屋兵庫頭蜂屋頼隆木下藤吉郎羽柴秀吉丹羽五郎左衛門丹羽長秀 、江州衆に仰せ付けられ、在々所々、谷々入々まで放火侯なり。
6月22日、御馬を納められ、しんがりに諸手の鉄砲 500挺、再び 御弓の衆 30ばかり相加えられ、 簗田左衛門太郎 ( 簗田広正 )簗田広正中條将監中條家忠佐々内蔵介佐々成政 両 3人、御奉行として相添えられ候。
敵の足軽、近々と引き付け、 簗田左衛門太郎簗田広正 は中筋より少し左へ付きて逃れ侯。乱れ懸かって引き付け侯を、帰し合い帰し合い、散々に暫し戦う。太田孫右衛門、頸を取り罷り退かれ、御褒美 斜ならず。
2番に 佐々内蔵介佐々成政 手へ引き付け、八相山 宮の後にて取り合い、ここにても 蔵介佐々成政 高名致し、罷り退く。
3番、八相山 下られ、橋の上にて取合い、 中條将監中條家忠 傷を被る。 中條又兵衛中條又兵衛 、橋の上にて叩き合い、双方、橋より落ちて、 中條又兵衛中條又兵衛 、堀底にて頸を取り、高名比類なき働きなり。御弓の衆として相支え、異議なく罷り退く。
その日は、館の下に野陣を懸けさせられ、
横山
(滋賀県長浜市)
の城、高坂・三田村・野村肥後、立て籠り、相かかわり侯。
24日に四方より取り詰め、信長公は龍が鼻
(滋賀県長浜市)
に御陣取り、 家康徳川家康 公も御出陣侯て、同:龍が鼻に御陣取る。

3-08:
姉川合戦の事
しかるところ、 朝倉孫三郎 ( 朝倉景健 )朝倉景健 、後巻きとして 8千ばかりにて罷り立つ。大谷の東、大依山
(滋賀県長浜市)
と申し侯て東西へ長き山あり、かの山に陣取るなり。
浅井備前浅井長政 人数 5千ばかり相加り、都合 1万3千の人数。
6月27日の暁、陣払い仕り、罷り退き侯と存じ侯のところ、
28日未明に 30町(3.3km) ばかり懸かり来、姉川を前にあて、野村の郷・三田村 両郷へ移り、二手に備え侯。
西は三田村口
(滋賀県長浜市)
、一番合戦、 家康徳川家康 公 向わせられ、
東は野村の郷
(滋賀県長浜市)
備えの手へ、信長 御馬廻、また東は美濃三人衆、諸手一度に諸合
[しょかつ]
6月28日 卯刻(6:00)、巳寅へ向って御一戦に及ばる。御敵も姉川へ懸かり合い、押しつ返しつ、散々に入り乱れ、黒煙立て、しのぎを削り、鍔を割り、ここかしこにて、思い思いの働きあり。
終に追い崩し、手前において討ち取る頸の注文:真柄十郎左衛門( ← この頸、青木所左衛門 これを討ち取る )・前波新八・前波新太郎・小林端周軒・魚住龍文寺・黒坂備中・弓削六郎左衛門・今村掃部助・遠藤喜右衛門( ← この頸、竹中久作、これを討ち取る。かねて「この首を取るべし」と高言あり )・浅井雅楽助・浅井斎・狩野次郎左衛門・狩野二郎兵衛・細江左馬介・早崎吉兵衛。この他、宗徒は 1,100余討ち取る。
大谷まで 50町(5.5km) 追い討ち、麓を御放火。しかりといえども、大谷は高山節所の地に侯間、一旦に攻め上げ侯事 成り難くおぼし召され、横山へ御人数打ち返し、勿論、横山の城 降参致し、退出し
[おいだし]
木下藤吉郎羽柴秀吉 、定番として横山に入れ置かる。
それより、佐和山
(滋賀県彦根市)
の城、 磯野丹波守磯野員昌 立て籠り、相かかわり侯へき。直ちに信長公、7月朔日、佐和山へ御馬を寄せられ、取り詰め、鹿垣結わせられ、 東、百々屋敷 御砦 仰せ付けらる。 丹羽五郎左衛門丹羽長秀 置かれ、北の山に 市橋九郎右衛門市橋長利 、南の山に
水野下野水野信元 、西 彦根山に 河尻與兵衛河尻秀隆 、四方より取り詰めさせ、諸口の通路を止め、
同 7月6日、御馬廻ばかり召し列れられ、御上洛。 公方足利義昭 様へ当表の様子仰せ上げられ、天下諸色 仰せ付けらる。
7月8日、岐阜に至りて御馬を納められ侯へき。

3-09:
野田福島御陣の事
8月20日、南方表 御出勢。その日は横山
(滋賀県長浜市)
に御陣を懸けさせられ、次の日、御逗留。
22日、長光寺
(滋賀県近江八幡市)
御泊。
23日、下京 本能寺 御陣宿。翌日、御逗留。
25日、南方へ御働き、淀川を越させられ、枚方
(大阪府枚方市)
の寺内に御陣取り。
26日、御敵 立て籠もる野田・福島
(大阪府大阪市)
へ御手遣いなさる。先陣は近陣に陣取らせ、天満ヶ森・川口・渡辺・神崎・上難波・下難波、浜の手まで陣取らせ、信長公は天王寺に御居陣なり。
しこうして、大坂・堺・尼崎・西宮・兵庫 あたりより、異国・本朝の珍物を捧げ御礼申さるる仁、御陣取り見物の者、群集をなす事に侯。
御敵 南方諸浪人 大将分の事: 細川六郎細川昭元 殿・ 三好日向守三好長逸三好山城守 ( 三好康長 )三好康長 ・ 安宅
(安宅信康)
・十河・ 篠原篠原長房岩成岩成友通 ・松山・ 香西 ( 香西越後 )香西越後守
三好為三 ( 三好政勝 )三好政勝龍興斎藤龍興永井隼人長井道利 、この如き衆 8千ばかり、野田・福島に立て籠り、これある由に侯。
さるほどに、 三好為三三好政勝香西香西越後守 両人は、御味方に調略に参じ仕るべきの旨、粗申し合せられ侯といえども、近陣に用心厳しく 成り難く存じ、8月28日夜中に
為三三好政勝香西香西越後守 天王寺へ参らせられ侯。
9月3日、摂津国 中島
(大阪府大阪市)
細川典厩細川藤賢 城まで、 公方足利義昭 様 御動座。
同 8日に、大坂 10町(1.1km) ばかり西に、楼の岸という所、御砦に仰せ付けらる。
斎藤新五斎藤利治稲葉伊予稲葉一鉄中川八郎右衛門中川重政 両 3人、入れ置かる。
ならびに、大坂の川向いに川口
(大阪府大阪市)
と申す在所侯を、これまた、こしらえ、
平手監物平手監物平手甚左衛門平手汎秀長谷川與次長谷川與次水野監物 ( 水野直盛 )水野直盛佐々蔵介佐々成政
塚本小大膳塚本小大膳丹羽源六丹羽氏勝佐藤六左衛門佐藤秀方梶原平二郎梶原景久高宮右京亮高宮右京亮 、置かせらる。
9月9日、信長公、天満ヶ森
(大阪府大阪市)
へ御大将 陣を寄させられ、次の日、諸手より埋め草をよせ、御敵城近辺にこれある江・堀を填めさせられ、
9月12日、野田・福島の 10町(1.1km) ばかり北に、ゑび江
(大阪府大阪市)
と申す所あり侯。
公方足利義昭 様・信長公、御一緒に詰め陣に御陣を居させられ、先陣は、勿論、夜々に土手を築き、その手その手を争い、塀際へ詰め寄せ、その数を尽し、城楼を上げ、大鉄砲にて城中へ撃ち入れ、攻められ候。
根来・雑賀・湯川・紀伊国 奥郡衆 2万ばかり罷り立ち、遠里小野・住吉・天王寺に陣取り侯。鉄砲 3千挺、これある由に侯。毎日参陣侯て攻められ候。御敵方の鉄砲、誠に日夜天地も響くばかりに侯。
しかれば、野田・福島 種々懇望致し、無事の儀 申し扱い侯といえども、
「 とても程あるべからざるの間、攻め干さるべき 」の由侯て、御許容これなく。
『 野田・福島 落去侯はば、大坂滅亡の儀 』と存知侯か、9月13日夜中に手を出し、楼の岸・川口両所の御砦へ大坂より鉄砲を撃ち入れ、一揆蜂起侯といえども、異なる子細無く侯。
翌日 14日に大坂より天満ヶ森へ人数を出だして、すなわち懸り合い、川を追い越し、かすが井堤にて取り合い、1番に 佐々蔵介佐々成政 懸け向い 相戦いて傷を被り 罷り退かる。
2番に堤通中筋を 前田又左衛門前田利家 かかり合い、右手は弓にて 中野又兵衛中野一安
左は 野村越中野村越中湯淺甚介湯浅直宗毛利河内毛利長秀金松又四郎 ( 兼松正吉 )兼松正吉 、先を争い 散々に相戦い叩き立て、
毛利河内毛利長秀金松又四郎兼松正吉 両人して、 下間丹後 ( 下間頼総 )下間頼総 内の 長末新七郎 を突き臥せ、 毛利河内毛利長秀金松兼松正吉
「 頸を取り侯へ 」と申されたり。その時、 金松兼松正吉 申す様に
「 某は手伝いにて侯間、河内に頸を取り侯へ 」と申し、僉儀にて、あたら頸 1つ取らずして、罷り退かる。
ここにて、 野村越中野村越中 討ち死なり。

この時点で、本能寺を京における宿所にしており、早い時点から適地と判断していた模様。

3-10:
志賀御陣の事
(辛未) 9月16日、越前の 朝倉朝倉義景浅井備前浅井長政 、3万ばかり、坂本ロ
(滋賀県大津市)
ヘ相働くなり。
森三左衛門森可成 、宇佐山
(滋賀県大津市)
の坂を下々駆け向い、坂本の町外れにて取り合い、わずか 1万の内にて、足軽合戦に少々頸を取り、勝利を得。
翌日、9月19日、 浅井浅井長政朝倉朝倉義景 両手に備え、また、取り懸かり侯。『 町を破らせ侯ては無念 』と存知せられ、相かかわられ侯のところ、大軍 両手より、どっと懸かり来なり。手前に於いて粉骨を尽さるといえども、御敵 猛勢にて相敵わず、火花を散らし、終に鎗下にて討ち死: 森三左衛門森可成 ・織田九郎・ 青地駿河守青地茂綱 ・尾藤源内・尾藤又八。
道家清十郎・道家功十郎とて、兄弟覚えの者あり。生国 尾張 守山の住人なり。一年、東美濃 高野口
(岐阜県瑞浪市)
武田信玄武田信玄 相働き侯、その時、 森三左衛門森可成
肥田玄蕃 先懸けにて、山中・谷合いにて懸かり合い、相戦いて、兄弟して頸 3つ取りて参り、信長公の御目に懸け侯へば、御褒美 斜めならず。白き旗を差し物に仕り侯。その旗を召し寄せられ、「 天下一の勇士なり 」と御自筆に遊ばし付けられ侯て下さる。都鄙の面目、これに過ぐべからず、名誉の仁にて侯なり。
今度も、その旗をさして、 森三左衛門森可成 と一所に侯て、前後手柄を尽し火花を散らし、枕を並べて討ち死侯ひしなり。
宇佐山の城、端城まで攻め上り、放火候といえども、武藤五郎右衛門・肥田彦左衛門 両人これありて、堅固に相抱え侯。
9月20日【 御敵 相働き、大津馬場・松本を放火し、21日、逢坂を越え、醍醐・山科を焼き払い、既に京近く罷りなり 】、22日、摂津国 中島
(大阪府大阪市)
へ、その注進に侯。
「 京中へ乱入り侯ては曲なく 」おぼし召され、
9月23日、野田・福島
(大阪府大阪市)
御引き払い、 和田伊賀守和田惟政柴田修理亮柴田勝家 両人、しんがりに仰せ付けられ、路次は中島より江口
(大阪府大阪市)
通り御越しなり。
かの江口と申す川は、淀・宇治川の流れにて、大河みなぎり下り、滝鳴って、すさまじき様体なり。総じて、昔年より舟渡しにて侯なり。
猛勢の御人数 差し懸け侯ところ、一揆の蜂起せしめ、渡し舟を隠しおき、通路自由ならず。稲・麻・竹・葦なんどの如く、過半 竹槍を持って、江口川の向いを大坂堤へ付きて叫喚するといえども、異なる事無し。
信長公、川の上下、駆け回し御覧じ、馬を打ち入れ
「 川を渡るべき 」の旨、御下知の間、ことごとく乗り入れ侯ところ、思いの外、川浅く侯て、徒歩渡りに、雑兵 難無く うち越し侯。
9月23日、 公方足利義昭 様 供奉なされ、御帰洛。
次の日より江口の渡り、徒歩渡りには、なかなかならず侯。ここを以て、江口近辺の上下万民の者、奇特不思議の思いをなす事なり。
9月24日、信長公、城都 本能寺を御立ちなされ、逢坂を越え、越前衆に向いて御働き、
旗がしらを見申し、下坂本
(滋賀県大津市)
に陣取りこれある越北衆、廃軍のていたらくにて、叡山へ逃げ上り、蜂ヶ峰・青山・局笠山に陣取り侯。
この時、山川の僧衆 10人ばかり召し寄せられ、
「 今度、信長公の御味方忠節申すに付きては、御分国中にこれある山門領、元の如く還付せらるべき 」の旨、御金打
[ごきんちょう]
侯て、仰せ聞かせらる。
「 併し、出家の道理にて、一途の贔屓なり難きに於いては、見除仕り侯へ 」と、事を分ちて仰せ聞かせらる。その上、 稲葉伊予稲葉一鉄 に仰せ付けられ、御朱印 調えさせ遣わさる。
御諚には、
「 もし、この両条違背に付きては、根本中堂・三王廿一社をはじめ奉り、焼き払わるべき 」の旨、上意侯ひき。 → #4-05
しかりといえども、重ねて山門の僧衆、とかくを申し上げず、時刻到来侯て、
浅井浅井長政朝倉朝倉義景 に贔屓せしめ、魚鳥・女人などまで上させ、ほしいままの悪逆なり。
信長公、その日は、下坂本
(滋賀県大津市)
に御陣取り侯て、
25日、叡山の麓を取り巻かせ、香取屋敷 丈夫にこしらえ、 平手監物平手監物長谷川丹波守長谷川與次山田三左衛門山田勝盛不破河内守不破光治丸毛兵庫頭丸毛長照浅井新八浅井政貞丹羽源六丹羽氏勝水野大膳水野正長 、 これらをかせられ、
穴太
(滋賀県大津市)
が在所、これまた、御要害仰せ付けらる。 簗田左衛門太郎簗田広正
川尻與兵衛・ 佐々蔵介佐々成政塚本小大膳塚本小大膳明智十兵衛明智光秀苗木久兵衛 ( 遠山友忠 )遠山友忠
村井民部村井貞勝佐久間右衛門佐久間信盛進藤山城守進藤賢盛後藤喜三郎後藤高治多賀新左衛門 ( 多賀常則 )多賀常則
梶原平次郎梶原景久 ・永井雅楽助 ・ 種田助丞 ( 種田正隣 )種田正隣佐藤六左衛門佐藤秀方中條将監中條家忠
16首 置かる。
その次、田中
(滋賀県大津市)
柴田修理亮柴田勝家氏家卜全氏家卜全伊賀伊賀守安藤守就稲葉伊予稲葉一鉄 陣取らせ、唐崎
(滋賀県大津市)
こしらえ、 佐治八郎・ 津田太郎左衛門織田信張 をかせられ、信長公 志賀の城 宇佐山に御居陣なり。
叡山 西の麓:古城、将軍
(京都府京都市)
こしらえ、 津田三郎五郎織田信広三好為三三好政勝
香西越後守香西越後守 ・公方衆 相加え、2千ばかり在城なり。
屋瀬・小原口
(京都府京都市)
には 山本対馬守山本対馬 ・蓮養、足懸りを構え、陣取り、かの両人 案内者の事に侯へば、夜々に山上へ忍び入り、谷々・寺々 焼き崩し候の間、難堪致すの由候なり。
10月20日、 朝倉朝倉義景 方へ使者を立てられ、
「 互いに年月を経、入らざる事に侯間、一戦を以て相果さるべく候。日限をさし、罷り出でられ侯へ 」と、 菅屋九右衛門菅屋長頼 を以て仰せ遣わされ侯といえども、中々返答に及ぼず。結句、 朝倉朝倉義景 筋力をなげうち無事を扱い侯といえども、
「 是非とも御一戦の上にて御鬱噴を散ぜらるべき 」旨にて、御許容これ無し。
南方 三好三人衆の事。
野田・福島の普請を改め、諸浪人、河内・摂津国 端ばし打ち回し致すといえども、
高屋
(大阪府羽曳野市)
畠山畠山昭高 殿・若江
(大阪府東大阪市)
三好左京大夫三好義継 ・交野
(大阪府交野市)
に 安見右近、伊丹・塩河・茨木・高槻、何れも城々堅固に相抱え、その上、五畿内の衆、塞り塞り陣取り侯の間、京口への行て、なかなか及び無き儀に候。
また、江南表の儀、 佐々木左京大夫承禎六角義賢 父子、甲賀口 三雲居城:菩提寺という城まで罷り出でられ侯へども、人数これなく侯て、手合せの体ならず侯。
江州にこれある大坂門家の者、一揆を起こし、尾濃の通路止むべき行て仕り候へども、百姓等の儀に侯間、物の数にて員ならず、 木下藤吉郎羽柴秀吉丹羽五郎左衛門丹羽長秀 、在々所々を打ち回り、一揆ども斬り捨て、大方、相静まる。
「 君の御大事、この節 」と存知、大谷へ差し向かい侯。横山の城、御敵 佐和山へ差し向かい侯 御砦 百々屋敷に人数丈夫に残しおく。 木下藤吉郎羽柴秀吉丹羽五郎左衛門丹羽長秀 両人 志賀へ罷り越され侯ところ、一揆ども建部郷
(滋賀県東近江市)
内に足懸かりをこしらえ、箕作山・観音寺山へ取り上り、両手より差し合い、通路取り切り侯。ここにて見合い、一戦に及ぶ。
先武者、数輩 斬り拾て、異議なく罷り通り、両人、志賀へうち越され、勢田
(滋賀県大津市)
の郷中へ懸け入られ侯のところ、信長公、志賀の御城より御覧じ、
『 さては 山岡美作守山岡景隆佐々木承禎六角義賢 を引き入れ、謀叛相構え侯か?』と、御不審におぼしめし侯ところ、飛脚をもって
藤吉郎羽柴秀吉五郎左衛門丹羽長秀 、これまで参陣仕り候!」と言上侯ところ、御機嫌 斜ならず。諸陣も、どっと競い申し侯ひしなり。
霜月(11月) 16日、 丹羽五郎左衛門丹羽長秀 御奉行として仰せ付けられ、錘綱
[かなつな]
丈夫に打たせ、勢田に舟橋懸けさせられ、たやすき様に、 村井新四郎村井新四郎埴原新右衛門埴原新右衛門 御警固として置かせられ、
信長公の御舎弟: 織田彦七 ( 織田信興 )織田信興 、尾州の内 小木江村
(愛知県愛西市)
に足懸かりこしらえ、御居城のところに、
志賀御陣に御手塞ぎの様体見及び申し、長島より一揆蜂起せしめ、取り懸かり、日を送り、攻め申し候。既に城内へ攻め込みしなり。
『 一揆の手にかかり侯ては御無念 』とおぼしめし、御天主へ御上り侯て、
霜月(11月) 21日、 織田彦七織田信興 御腹めされ、是非なき超目なり。
霜月(11月) 22日、 佐々木承禎六角義賢 と御和睦なさる。三雲・三上、志賀へ出仕申し、上下満足侯ひしなり。
霜月(11月) 25日、堅田
(滋賀県大津市)
猪飼野甚介 ( 猪飼野正勝 )猪飼野正勝馬場孫次郎馬場孫次郎
居初又次郎居初又次郎 、両 3人申し合せ、「 御味方の御忠節仕るべき 」の由侯て、
坂井右近坂井政尚 ・安藤右衛門・桑原平兵衛、右の趣申し越し、上意を得られ、人質を請け取り、その夜中に、人数 1,000ばかりにて堅田へ中入り仕り侯ところ、
越前衆、時刻移り侯て敵わじと存知、多勢を以て口々へ攻め込むなり。
ここかしこへ差し向い、前波藤右衛門・堀平右衛門・ 義景朝倉義景 右筆の 中村杢丞、その他、宗徒の者 数多討ち捕るといえども、あるいは手負い、あるいは討ち死し、次第次第 無人になり、既に落去侯。 坂井右近坂井政尚 ・浦野源八 父子、一人当千の働き、高名比類なきところ、
寒天といい、深雪といい、北国の通路 続け難き故に侯か、 公方足利義昭 様へ、 朝倉朝倉義景 色々難じ申すに付いて、無為の儀、仰せ出だされ侯。
信長公 御同心これなきところに、霜月(11月) 晦日、三井寺まで 公方足利義昭 様 御成りて、しきりに上意侯事に侯間、黙止し難くおぼしめさる。
12月13日、御和談 相究む。
しかしながら「水海越えさせられ、勢田辺まで御人数引き退かれ、その上、高島
(滋賀県高島市)
まで人質 御下し侯はでは、罷り退き侯事 迷惑」の由、申さるるに付いて、
14日に湖水うち越し、勢田、 山岡美作山岡景隆 所まで御人数引き退かる。
さて、15日早朝より叡山を引き下し、罷り退かる。
勿論に侯といえども、これに併せて、一戦の御名誉のなすの故なり。
同16日、大雪中を凌ぎ御帰陣。佐和山の麓 礒の郷
(滋賀県米原市)
に御泊。
12月17日、岐阜に至りて御帰陣。珍重々々。



この巻の登場人物と他巻リンク

織田信長 [36歳]

青地茂綱 [--] あおち しげつな

 蒲生賢秀の弟。青地駿河
 3-10: 志賀御陣の事
 2-06: 阿坂の城 退散の事

青地與右衛門 [--] あおち ようえもん

明智光秀 [42] あけち みつひで

 織田の家臣。明智十兵衛
 3-04: 越前 手筒山攻め落せらる...
 3-10: 志賀御陣の事
 4-05: 叡山御退治の事
 5-01: 武者小路 御普請の事
 5-03: 奇妙様 御具足初めに 虎後...
 6-02: 公方様御謀叛 付17ヶ条
 6-03: 石山・今堅田 攻められ候...
 6-07: 公方様 真木島に至りて御...
 6-08: 真木島にて御降参 公方様...
 6-09: 大船にて高島へ御働き、木...
 6-11: 阿閉 謀叛の事
 8-03: 河内国新堀城攻め干され...
 8-06: 禁中において親王様 御鞠...
 8-07: 越前御進発、賀・越 両国...
 9-03: 原田備中、御津寺へ砦 討...
 10-01: 雑賀御陣の事
 10-03: 御名物召し置かるるの事
 10-08: 片岡の城 攻め干さる事
 10-09: 信貴城 攻め落さるるの事
 11-01: 御茶の湯の事
 11-06: 高倉山西国陣の事
 11-08: 播磨神吉城攻めの事
 11-13: 荒木摂津守 逆心を企て...
 11-15: 丹波国波多野館取り巻...
 12-01: 摂津国 御陣の事
 12-05: 丹波国 波多野兄弟 張...
 12-06: 赤井悪右衛門 退参の事
 12-12: 謀書の事
 12-13: 伊丹城 謀叛の事
 12-18: 伊丹城 相果たし、御成...
 13-08: 因幡・伯耆両国に至り...
 13-11: 佐久間・林佐渡・丹羽...
 14-01: 御爆竹の事
 14-02: 御馬揃えの事
 14-07: 8月朔日 御馬揃えの事
 15-05: 木曾義政 忠節の事
 15-14: 人数備えの事
 15-25: 家康公・穴山梅雪 御上...
 15-26: 羽柴筑前守秀吉、備中...
 15-29: 明智日向 西国出陣の事
 15-31: 明智日向守 逆心の事
 15-32: 信長公 本能寺にて御腹...
 15-33: 中将信忠卿、二条にて...
 15-34: 江州安土城御留守居衆...
 2-01: 六条合戦の事

浅井長政 [25] あざい ながまさ

浅井政貞 [--] あざい まさただ

朝倉景健 [34] あさくら かげたけ

 越前の武将。朝倉孫三郎
 3-08: 姉川合戦の事
 8-07: 越前御進発、賀・越 両国...

朝倉義景 [57] あさくら よしかげ

足利義昭 [33] あしかが よしあき

姉小路自綱 [30] あねこうじ よりつな

 飛騨の国司。姉小路中納言
 3-03: 観世大夫・今春大夫 立合...
 8-09: 御茶の湯の事

安藤守就 [67] あんどう もりなり

猪飼野正勝 [--] いかいの まさかつ

磯野員昌 [47] いその かずまさ

居初又次郎 [--] いそめ またじろう

市橋長利 [57] いちはし ながとし

一色義道 [--] いっしき よしみち

稲葉一鉄 [55] いなば いってつ

稲葉貞通 [24] いなば さだみち

岩成友通 [--] いわなり ともみち

氏家卜全 [58] うじいえ ぼくぜん

織田信興 [--] おだ のぶおき

織田信張 [43] おだ のぶはる

織田信広 [--] おだ のぶひろ

梶原景久 [--] かじわら かげひさ

兼松正吉 [28] かねまつ まさよし

 織田の武将。金松又四郎
 3-09: 野田福島御陣の事
 6-11: 阿閉 謀叛の事

蒲生賢秀 [36] がもう たかひで

河尻秀隆 [43] かわじり ひでたか

北畠具教 [42] きたばたけ とものり

木瀬蔵春庵 [--] きのせ ぞうしゅんあん

香西越後 [--] こうさい えちご

後藤高治 [--] ごとう たかはる

斎藤龍興 [22] さいとう たつおき

斎藤利三 [36] さいとう としぞう

斎藤利治 [29] さいとう としはる

坂井政尚 [--] さかい まさひさ

佐久間信盛 [42] さくま のぶもり

 織田の家臣。佐久間右衛門
 3-04: 越前 手筒山攻め落せらる...
 3-06: 落窪合戦の事
 3-07: たけくらべ・かりやす砦の事
 3-10: 志賀御陣の事
 4-03: 大田口合戦の事
 4-04: 志むら攻め干さるるの事
 5-02: 交野へ 松永 砦仕り侯て 追...
 5-03: 奇妙様 御具足初めに 虎後...
 5-04: 味方ヶ原合戦の事
 6-05: 百済寺伽藍 御放火の事
 6-07: 公方様 真木島に至りて御...
 6-08: 真木島にて御降参 公方様...
 6-11: 阿閉 謀叛の事
 7-04: 蘭著待 切り取らるるの事
 7-05: 佐々木承禎、石部城退散の事
 7-09: 河内長島一篇に仰せ付けら...
 8-03: 河内国新堀城攻め干され...
 8-07: 越前御進発、賀・越 両国...
 8-14: 御家督 御譲りの事
 9-04: 御後巻 再三 御合戦の事
 9-05: 西国より大船を催し 木津...
 10-01: 雑賀御陣の事
 10-02: 内裡 御築地の事
 10-03: 御名物召し置かるるの事
 10-09: 信貴城 攻め落さるるの事
 11-06: 高倉山西国陣の事
 11-08: 播磨神吉城攻めの事
 11-11: 大船 堺津にて御見物の事
 11-13: 荒木摂津守 逆心を企て...
 11-15: 丹波国波多野館取り巻...
 13-01: 播州 三木落居の事
 13-03: 大坂退散 御請け誓紙の事
 13-09: 大坂退散の事
 13-11: 佐久間・林佐渡・丹羽...
 15-02: 御爆竹の事
 0-09: 備後守 病死の事
 0-18: 勘十郎殿 林 柴田 御敵の事
 0-23: 鳴海之城へ御砦の事
 0-24: 今川義元 討ち死の事
 1-04: 信長御入洛十余日の内に...
 2-06: 阿坂の城 退散の事

佐々成政 [34] さっさ なりまさ

佐藤秀方 [--] さとう ひでかた

柴田勝家 [48] しばた かついえ

 織田の家臣。柴田修理亮
 3-04: 越前 手筒山攻め落せらる...
 3-06: 落窪合戦の事
 3-07: たけくらべ・かりやす砦の事
 3-10: 志賀御陣の事
 4-03: 大田口合戦の事
 4-04: 志むら攻め干さるるの事
 5-01: 武者小路 御普請の事
 5-03: 奇妙様 御具足初めに...
 6-03: 石山・今堅田 攻められ候...
 6-05: 百済寺伽藍 御放火の事
 6-07: 公方様 真木島に至りて御...
 6-11: 阿閉 謀叛の事
 7-04: 蘭著待 切り取らるるの事
 7-09: 河内長島一篇に仰せ付けら...
 8-03: 河内国新堀城攻め干され...
 8-07: 越前御進発、賀・越 両国...
 10-06: 柴田 北国 相働くの事
 10-09: 信貴城 攻め落さるるの事
 12-06: 赤井悪右衛門 退参の事
 12-16: 親王様 二条御新造へ行...
 13-04: 能登・加賀両国、柴田...
 13-05: 阿賀の寺内 申し付くる...
 13-11: 佐久間・林佐渡・丹羽...
 13-12: 賀州一揆 歴々 生害の事
 14-01: 御爆竹の事
 14-02: 御馬揃えの事
 14-06: 因幡国 鳥取城 取り詰...
 15-11: 越中富山の城、神保越...
 15-12: 武田典厩 生害、下曾禰...
 0-09: 備後守 病死の事
 0-12: 深田松葉 両城 手替わりの事
 0-15: 柴田権六 中市場 合戦の事
 0-18: 勘十郎殿 林 柴田 御敵の事
 0-25: 家康公 岡崎の御城へ...
 1-04: 信長御入洛十余日の内に...
 2-06: 阿坂の城 退散の事

篠原長房 [--] しのはら ながふさ

 三好家の家臣。篠原右京亮
 3-09: 野田福島御陣の事
 1-04: 信長御入洛十余日の内に...

下間頼総 [45] しもつ よりふさ

進藤賢盛 [--] しんどう たかもり

菅屋長頼 [--] すがや ながより

杉谷善住坊 [--] すぎたに ぜんじゅぼう

多賀常則 [--] たが つねのり

高宮右京亮 [--] たかみや うきょうのすけ

瀧川彦右衛門 [--] たきがわ ひこえもん

武田信玄 [49] たけだ しんげん

種田正隣 [--] たねだ まさちか

中條家忠 [--] ちゅうじょう いえただ

中條又兵衛 [--] ちゅうじょう またべえ

塚本小大膳 [--] つかもと こだいぜん

津田宗及 [--] つだ そうぎゅう

 堺の商人。茶人。天王寺屋宗及
 3-02: 名物 召し置かるるの事
 11-11: 大船 堺津にて御見物の事

遠山友忠 [--] とおやま ともただ

 苗木城主。苗木久兵衛
 3-10: 志賀御陣の事
 15-05: 木曾義政 忠節の事

徳川家康 [27] とくがわ いえやす

長井道利 [--] ながい みちとし

中川重政 [--] なかがわ しげまさ

中野一安 [44] なかの かずやす

丹羽氏勝 [47] にわ うじかつ

丹羽長秀 [35] にわ ながひで

 織田の家臣。丹羽五郎左衛門
 3-02: 名物 召し置かるるの事
 3-04: 越前 手筒山攻め落せらる...
 3-07: たけくらべ・かりやす砦の事
 3-08: 姉川合戦の事
 3-10: 志賀御陣の事
 4-01: 佐和山城 渡し進上の事
 4-04: 志むら攻め干さるるの事
 4-06: 御修理造り畢るの事
 5-01: 武者小路 御普請の事
 5-03: 奇妙様 御具足初めに...
 6-03: 石山・今堅田 攻められ候...
 6-05: 百済寺伽藍 御放火の事
 6-07: 公方様 真木島に至りて御...
 6-11: 阿閉 謀叛の事
 7-02: 前波生害、越前一揆蜂起の事
 7-04: 蘭著待 切り取らるるの事
 7-09: 河内長島一篇に仰せ付けら...
 8-01: 御分国 道作り 仰せ付けら...
 8-02: 公家領 徳政にて仰せ付け...
 8-03: 河内国新堀城攻め干され...
 8-04: 三州 長篠 御合戦の事
 8-06: 禁中において親王様 御鞠...
 8-07: 越前御進発、賀・越 両国...
 9-01: 安土 御普請の事
 9-04: 御後巻 再三 御合戦の事
 10-01: 雑賀御陣の事
 10-03: 御名物召し置かるるの事
 10-06: 柴田 北国 相働くの事
 10-07: 松永謀叛 並びに 人質...
 10-09: 信貴城 攻め落さるるの事
 10-13: 三州吉良へ御鷹野の事
 10-14: 中将信忠へ御名物11種...
 11-01: 御茶の湯の事
 11-06: 高倉山西国陣の事
 11-08: 播磨神吉城攻めの事
 11-13: 荒木摂津守 逆心を企て...
 11-14: 安部二右衛門 御忠節の事
 11-15: 丹波国波多野館取り巻...
 12-01: 摂津国 御陣の事
 12-03: 二条殿・烏丸殿・菊庭...
 12-05: 丹波国 波多野兄弟 張...
 12-09: 宇治橋 取り懸けの事
 12-10: 北畠中将殿 御折檻状の事
 12-18: 伊丹城 相果たし、御成...
 13-01: 播州 三木落居の事
 13-05: 阿賀の寺内 申し付くる...
 14-02: 御馬揃えの事
 14-03: 高天神 干殺し 歴々 討...
 14-04: 和泉 巻尾寺 破滅の事
 14-06: 因幡国 鳥取城 取り詰...
 14-09: 能登・越中 城々破却の事
 14-10: 伊賀国、三介殿に仰せ...
 14-11: 伊賀国へ 信長 御発向...
 15-14: 人数備えの事
 15-19: 御国割りの事
 15-23: 信長公 甲州より御帰陣...
 15-25: 家康公・穴山梅雪 御上...
 15-28: 家康公・穴山梅雪、奈...
 0-05: 景清 あざ丸刀の事
 0-40: 加治田之城 御味方に参る事
 0-41: 犬山両おとな 御忠節の事
 0-42: 濃州 伊木山へ御上りの事
 0-43: 堂洞砦 攻めらるの事
 1-04: 信長御入洛十余日の内に...
 2-05: 名物 召され置きの事
 2-06: 阿坂の城 退散の事

野村越中 [--] のむら えっちゅう

埴原新右衛門 [--] はいばら しんえもん

羽柴秀吉 [33] はしば ひでよし

 織田の家臣。木下藤吉郎
 3-04: 越前 手筒山攻め落せらる...
 3-07: たけくらべ・かりやす砦の事
 3-08: 姉川合戦の事
 3-10: 志賀御陣の事
 4-02: 箕蒲合戦の事
 5-03: 奇妙様 御具足初めに 虎後...
 6-07: 公方様 真木島に至りて御...
 6-08: 真木島にて御降参 公方様...
 6-10: 岩成 討ち果たされ候事
 6-11: 阿閉 謀叛の事
 7-02: 前波生害、越前一揆蜂起の事
 7-10: 樋口夫婦 御生害の事
 8-07: 越前御進発、賀・越 両国...
 9-01: 安土 御普請の事
 9-04: 御後巻 再三 御合戦の事
 10-01: 雑賀御陣の事
 10-03: 御名物召し置かるるの事
 10-06: 柴田 北国 相働くの事
 10-09: 信貴城 攻め落さるるの事
 10-10: 中将信忠御位の事
 10-12: 但馬・播磨、羽柴に申...
 10-13: 三州吉良へ御鷹野の事
 11-01: 御茶の湯の事
 11-04: 磯野丹波・磯貝新左衛...
 11-06: 高倉山西国陣の事
 11-07: 洪水の事
 11-08: 播磨神吉城攻めの事
 11-13: 荒木摂津守 逆心を企て...
 11-15: 丹波国波多野館取り巻...
 12-03: 二条殿・烏丸殿・菊庭...
 12-05: 丹波国 波多野兄弟 張...
 12-07: 荒木 伊丹城・妻子捨て...
 12-14: 氏政 甲州表へ働きの事
 13-01: 播州 三木落居の事
 13-05: 阿賀の寺内 申し付くる...
 13-08: 因幡・伯耆両国に至り...
 13-11: 佐久間・林佐渡・丹羽...
 14-03: 高天神 干殺し 歴々 討...
 14-06: 因幡国 鳥取城 取り詰...
 14-07: 8月朔日 御馬揃えの事
 14-12: 因幡国 鳥取 果て口の事
 14-13: 伯耆国 南条表 発向の事
 14-14: 淡路島 申し付けらるる...
 14-15: 悪党 御成敗の事
 15-02: 御爆竹の事
 15-05: 木曾義政 忠節の事
 15-13: 中国表 羽柴筑前 働き...
 15-26: 羽柴筑前守秀吉、備中...
 1-04: 信長御入洛十余日の内に...
 2-06: 阿坂の城 退散の事

長谷川與次 [--] はせがわ よじ

畠山昭高 [36] はたけやま あきたか

蜂屋頼隆 [36] はちや よりたか

馬場孫次郎 [--] ばば まごじろう

樋口直房 [--] ひぐち なおふさ

平手監物 [xx] ひらて けんもつ

平手汎秀 [17] ひらて ひろひで

布施公保 [--] ふせ きみやす

不破光治 [--] ふわ みつはる

細川昭元 [22] ほそかわ あきもと

細川藤賢 [53] ほそかわ ふじかた

堀秀村  [13] ほり ひでむら

 北近江の城主。浅井→ 織田へ
 3-07: たけくらべ・かりやす砦の事
 4-02: 箕蒲合戦の事

前田利家 [32] まえだ としいえ

松井友閑 [--] まつい ゆうかん

松永久秀 [60] まつなが ひさひで

丸毛長照 [--] まるも ながてる

水野直盛 [--] みずの なおもり

水野正長 [--] みずの ながまさ

 三河の戦国大名。水野大膳
 3-10: 志賀御陣の事
 10-01: 雑賀御陣の事

水野信元 [--] みずの のぶもと

三好長逸 [--] みよし ながやす

三好政勝 [34] みよし まさかつ

 摂津の武将。三好為三
 3-09: 野田福島御陣の事
 3-10: 志賀御陣の事

三好康長 [--] みよし やすなが

三好義継 [21] みよし よしつぐ

村井貞勝 [50] むらい さだかつ

村井新四郎 [--] むらい しんしろう

毛利長秀 [29] もうり ながひで

森可成  [47] もり よしなり

山岡景隆 [44] やまおか かげたか

山田勝盛 [32] やまだ かつもり

山田左衛門 [--] やまだ さえもん

山本対馬 [--] やまもと つしま

簗田広正 [--] やなだ ひろまさ

湯浅直宗 [25] ゆあさ なおむね

六角義賢 [49] ろっかく よしかた

和田惟政 [38] わだ これまさ