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モディリアーニ
 絵画作品と所蔵美術館

Amedeo Modigliani  アメディオ・モディリアーニ 1884.7.12- 1920.1.24 en  English

モディリアーニ
面長で傾いた顔、異様だが温かみのある瞳の無い目、そして極端な撫肩。そういった肖像画の原画を鑑賞すると、その1枚を観るだけで、なぜか「 得した 」というか「 生きててよかった 」ような気になってしまう。肖像画の背景は常に壁だが、その配色が良い。
フランス映画「モンパルナスの灯」(1958) がモディリアーニの伝記ものであるが、映画の中では、少し、良き夫すぎに描かれていたようだ。
『 ハンカ・ズボロウスカ夫人の肖像 』1917 ニューヨーク近代美術館

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 Title  Year  Museum  I  c
若い女の胸像
1908 LaM(リール) fr
アレクサンドル博士
1909 東京富士美術館
ポール・アレクサンドル博士の肖像
1909 ヤマザキマザック美術館
青いブラウスの婦人像
1910頃 ひろしま美術館
立てる裸婦
(カリアティードのための習作)
1911-12頃 名古屋市美術館
カリアティード
1911-13 愛知県美術館
ホアン・グリス
1915 メトロポリタン美術館 us
赤い顔
1915 ポンピドゥー・センター fr
赤毛の娘
1915 オランジュリー美術館 fr
新しき水先案内人、ポールギョームの肖像
1915 オランジュリー美術館 fr
ビロードのリボンをつけた女
1915頃 オランジュリー美術館 fr
アントニア
1915頃 オランジュリー美術館 fr
男の肖像
1916 デトロイト美術館 fr
キスリング
1916 ポンピドゥー・センター fr
バイキングのエッゲリング
1916 LaM(リール) fr
裸婦
1916頃 コートールド美術館 uk
婦人像(C.D.夫人)
1916頃 ポーラ美術館
若い女の胸像(マーサ嬢)
1916-17頃 松岡美術館
ハンカ・ズボロウスカ夫人の肖像
1917 ニューヨーク近代美術館 us
イタリアの女
1917 メトロポリタン美術館 us
横たわる裸婦
1917 メトロポリタン美術館 us
裸婦
1917 グッゲンハイム美術館 us
うつぶせに横たわる裸婦
1917 バーンズ財団美術館 us
シャイム・スーティン
1917 us
エレーナ・パヴロウスキーの肖像
1917 フィリップス・コレクション us
肌着を持って座る裸婦
1917 LaM(リール) fr
白い襟の女
1917 グルノーブル美術館 fr
アルジェリアの女
1917 ルートヴィヒ美術館 de
ルニア・チェホフスカの肖像
1917 ポーラ美術館
ルネ
1917 ポーラ美術館
髪をほどいた横たわる裸婦
1917 大阪中之島美術館
女の肖像
1917-18頃 クリーブランド美術館 us
セーラー・シャツの少女
1918 メトロポリタン美術館 us
青い服の女
1917-19 ストックホルム近代美術館 se
女の肖像
1917-20 デトロイト美術館 fr
横向きに座るジャンヌ・エビュテルヌ
1918 バーンズ財団美術館 us
若い女の肖像
1918 ニューオリンズ美術館 us
若き農夫の肖像
1918 アーティゾン美術館
少女の肖像(ジャンヌ・ユゲット)
1918 アサヒビール大山崎山荘美術館
ジャンヌ・エビュテルヌの肖像
1918 大原美術館
赤毛の女
1918 長島美術館
小さな女中
1918頃 オルブライト=ノックス美術館 us
小さな農夫
1918頃 テート・モダン uk
おさげ髪の少女
1918頃 名古屋市美術館
黄色のセーターを着たジャンヌ・エビュテヌル
1918-19 グッゲンハイム美術館 us
若い見習い職人
1918-19 オランジュリー美術館 fr
ジャンヌ・エピュテヌル
1919 メトロポリタン美術館 us
ポーランドの女の肖像
1919 フィラデルフィア美術館 us
左腕を上げたジャンヌ・エビュテルヌ
1919 バーンズ財団美術館 us
水玉模様のブラウスを着た少女
1919 バーンズ財団美術館 us
糸杉と家
1919 バーンズ財団美術館 us
帽子を被った若い男性
1919 デトロイト美術館 fr
扇を持つ女(ルニア・チェホフスカ)
1919 パリ市立近代美術館 fr
母と子
1919 ポンピドゥー・センター fr
赤毛の少年
1919 ポンピドゥー・センター fr
セルジェ氏の肖像
1919 ひろしま美術館
横たわる裸婦
1919頃 ニューヨーク近代美術館 us
青い目の女   モディリアーニ
1919頃 パリ市立近代美術館 fr

【 語録 】

僕はオルガスムにかられやすいが、しかし興奮があればこそ単なる喜びを超えられるのだ