ホーム   >   物語と絵画   >   仮名手本忠臣蔵【 第十一 】
logo

気になるアート.com 「物語と絵画シリーズ」

仮名手本忠臣蔵 【 第十一 】 合印の忍兜



 
■ 総揃えの段
柔よく剛を制し、弱よく強を制するとは、張良に石公が伝えし秘法なり。塩谷判官高定の家臣、大星由良之助、これを守って既に一味の勇士四十余騎、猟舟に取り乗って、苫深々と稲村が崎の油断を頼みにて、岸の岩根に漕ぎ寄せて、
まず一番に打ち上ぐるは、大星由良之助義金、二番目は原郷右衛門、第三番目は大星力彌。後に続いて、竹森喜多八・片山源太。先手、後舟、段々に列を乱さず立ち出ずる。奥山孫七・須田五郎、着たる羽織の合印、「いろはにほへと」と立ち並ぶ。
勝田・早見・遠森、音に聞えし片山源五・大鷲源吾、掛矢の大槌引っさげ、引っさげ。吉田・岡崎、「ちりぬるをわか{若}」手は、小寺・立川甚兵衛・不破・前原・深川彌次郎。得たる半弓、手挟んで上るは、川瀬忠太夫。空に輝く、大星瀬平。「よたれそつねならむ、うゐのおく{奥}」村・岡野・小寺が嫡子、中村・矢島・牧・平賀。「やまけふこえて」、「あさき{朝霧}」の立ち並びたる、芦屋や菅野。千葉に村松・村橋伝治。塩田・赤根は長刀構え。中にも磯川、十文字。遠松・杉野・三村の次郎。木村は用意の継ぎ梯子。千崎彌五郎・堀井の彌惣、同じく彌九郎、遊所の酒に「ゑひもせ」ぬ。
由良之助が智略にて、八尺ばかりの大竹に弦をかけてぞ持ったりける。後陣は矢間十太郎。はるか後より身を卑下し出ずるは、寺岡平右衛門。仮名・実名・袖印、その数、四十六人なり。
鎖袴に黒羽織、忠義の胸当てうち揃う。げに、忠臣の仮名手本、義心の手本。義平が家名、
大星由良之助
( おおぼし ゆらのすけ )
「天」と「河」との合言葉忘るな、かねての言い合わせ。矢間・千崎・小寺の面々、倅 力彌をはじめとし、表門 より入れ入れ入れ。郷右衛門と、それがしは裏門より込み入って、合図の笛を吹くならば、時分は佳しと、乗り込めよ。取るべき首はただ一つ。
と、由良之助に下知せられ、怒の眼一時に館を遙に睨みつけ、裏と表へ別れ行く。

■ 討入りの段
かくとは知らず、高武蔵守師直は、由良之助が放埓に心も緩む油断酒。芸子遊女に舞い歌わせ、薬師寺を上客にて身の程知らぬ大騒ぎ。果ては、ざこ寝の不行儀に、前後も知らぬ寢入りばな。非常を守る番人の、拍子木[ひょうしぎ]のみぞ残りける。
表裏一度に手筈を極め、矢間・千崎、不敵の二人、表門に忍び寄り内の様子を窺えば、夜回りと思しき拍子木、遠音をさせば、よき折と、例のたしなみむ継ぎ梯子、高塀に打ちかけ、打ちかけ、雲井までもと、ささがに(蜘蛛)の、登りおおせた塀の屋根。
葛飾北斎 『 仮名手本忠臣蔵 十一段 』
早、拍子木の近づく音、ひらりと降りるを見つけし番人、「スハ 何者!」とかけ寄るを、取ってひっ伏せ、高手小手。「よい案内」と息を止め、縄先腰に引っかけて、拍子木奪い、カッチカチ。役所(侍の詰め所)役所をうち回り窺い回るぞ、不敵なる。
早や、裏門に呼子の笛。時分は佳しと、両人は、拍子木合わせて「天」「河」と。貫の木外して大門を、ぐわらりと開らけば、力彌をはじめ、杉野・木村・三村の一党、我も我もと込み入って、見れば一面雨戸の固め、
大星力彌
( おおぼし りきや )
父が教えし雪折はここぞ!
歌川広重『 忠臣蔵 夜討二 乱入 』
と下知して、丸竹に弦をかけたを雨戸の鴨居・敷居に挟んで一時に、ひい・ふう・三つの拍子にて、かけたる弦を、てうど(勢いよく)切れば、鴨居は上がり、敷居は下がり、雨戸外れて、ばたばたばた。「そりゃ、乗り込め!」と、「天」「河」の声響かして乱り入る。
「スハ 夜討ちぞ!」と松明・提灯、裏門よりも込み入って、一方は郷右衛門、一方は由良之助、床几にかかって下知をなす。小勢なれども、寄手は今宵必死の勇者。秘術を尽くせば、由良之助、
大星由良之助
余所の者に目なかけそ! ただ、師直を討ち取れ!
と、郷右衛門もろともに八方に下知すれば、
はやりをの若者ども、揉み立て、
斬り結ぶ。

三代歌川豊国『 誠忠義士伝:つ 神嵜与五郎則休 』
( 千崎彌五郎 )

北隣は仁木播磨守、南隣は石堂右馬之丞。両隣より「何事か?」と家の棟に武者を上げ、提灯、星のごとくにて、
武者
ヤアヤア 御屋敷騒動の声、太刀音・矢叫び、事騒がしく、狼藉者か盗賊か? ただし、非常の沙汰なるか? 承り届けよと、主人申し付けられし、
と、高らかに呼ばったり。
由良之助、取りあえず(すぐさまに)、
大星由良之助
これは塩谷判官が家来の者ども。主君の仇を報わんため、四十余人の者どもが千変万化の戦い。かく申すは、大星由良之助、原郷右衛門。尊氏御兄弟へお恨み無し。元より、両隣、仁木・石堂殿へ何の遺恨も候わねば、卒爾致さん様も無し。火の用心は堅く申し付けたれば、これ以って御用心に及ばぬ事。ただ穩便に捨て置かれよ。それとても隣家の事、聞き捨てならず加勢あらば、力なく(やむを得ず)一矢仕らん。
と、高声に答えたり。
両家の人々、聞き届け、「御神妙、御神妙。我 人、主人持ったる身は、もっとも斯くこそあるべけれ。御用あらば承らん。提灯引け」と、一時に静まり返って控えける。

一時(2時間)ばかりの戦いに、寄手は僅か二・三人、薄手を負うたるばかりにて、敵の手負いは数知れず。されども、大将 師直とおぼしき者も無きところに、足軽 寺岡平右衛門、館の内を飛び回り、
寺岡平右衛門
( てらおか へいうえもん )
部屋べやは勿論、上は天井、下は簀子、井の内まで槍を入れて探せども、師直が行方知れず。寝間とおぼきし所を見れば、夜着・蒲団の温まり、この寒夜に冷めざるは、逃げて間なしと覚えたり。表の方が気づかわし。
と、駆け行くを、
矢間十太郎
( やざま じゅうたろう )
ヤレ 平右衛門、待て待て。
と、矢間十太郎重行、師直を宙に引っ立て、
コレコレ 何れも、柴部屋に隠れしを見付け出して、生け捕りし。
と、聞くより、大勢、花に露、生き生き勇んで、由良之助、
大星由良之助
ヤレ でかされた。手柄手柄。さりながら、うかつに殺すな。仮にも天下の執事職。殺すにも礼義あり。
と、受け取って上座に据え、
我々、陪臣の身として、御館へ踏ん込み狼藉仕るも、主君の仇を報じたさ。慮外のほど、御赦しくだされ。御尋常に御首を給わるべし。
と相述ぶれば、
師直も、さすがの、ゑせ者。悪びれもせず、
高師直
( こうの もろなお )
ヲヽ もっとも。覚悟はかねて。サァ 首取れ。

と、油断さして、抜き打ちに、はっつしと斬る。
引っぱずして、腕捻じ上げ、


歌川広重
 『 忠臣蔵 夜討三 本望 』
大星由良之助
ハァヽ しおらしき御手向い。サァ いずれも、日ごろの欝憤、この時。
と、由良之助が初太刀にて、四十余人が声々に「浮木にあえる盲亀はこれ。三千年の優曇花の花を見たりや、嬉しや」と、踊り上り、飛び上り、形見の刀で首打ち落し、喜び勇んで舞うもあり。「妻を捨て、子に別れ、老いたる親を失いしも、この首一つ見んためよ。今日はいかなる吉日ぞ」と、首を叩いつ食いつきつ、一同に「わっ!」と嬉し泣き。理り過ぎて哀れなり。
由良之助は懐中より亡君の位牌を出し、床の間の卓に乗せ奉り、師直が首、血潮を清め手向け申し、兜に入れし香を焚きすさって、三拝九拝し、
大星由良之助
恐れながら、亡君尊霊 蓮性院見利大居士へ申し上げ奉る。去んぬる御切腹の、その折から「後 弔え」とくだされし九寸五分にて、師直が首掻き落し、御位牌に手向け奉る。草葉の陰にて御受け取りくださるべし。
と、涙と共に礼拝し、
いざいざ、御一人ずつ御焼香。
「先ず、惣大将なれば、御自分様より」
大星由良之助
イヤ 拙者より、まず先へ、矢間十太郎殿、御焼香なされ。
矢間十太郎
イヤイヤ それは存じも寄らず。いずれもの手前と申し、御贔屓は返って迷惑。
大星由良之助
イヤ 贔屓でござらぬ。四十人余の衆中が師直が首取んと、一身を投げ打つ中に、貴殿一人、柴部屋より見付け出し生捕りになされたは、よくよく、主君 塩谷尊霊のお心に叶いし、矢間殿。お羨しゅう存ずる。何と、いずれも?
「ごもっともに存じまする」
矢間十太郎
それは、なんとも。
大星由良之助
ハテさて、刻限が延びます。
矢間十太郎
しからば御免。
と、一の焼香。
二番目は由良殿。いざ、お立ち。
と勧めむれば、
大星由良之助
イヤ まだ、他に焼香のいたして、あり。
矢間十太郎
そりゃ何者? 誰人?
と問えば、大星、懐中より碁盤縞の財布取り出し、
大星由良之助
これが忠臣二番目の焼香、早野勘平が、なれの果。その身は不義の誤りから一味同心も叶わず。せめては石碑の連中にと、女房売って金調え、その金ゆえに、舅は討たれ、金は戻され、詮方なく、腹切って相果てし。その時の勘平が心、さぞ無念にあろう、口惜しかろう。金戻したは由良之助が一生の誤り。不便な最期を遂げさしたと、片時忘れず肌放さず。今宵夜討も財布と同道、同道。平右衛門、そちがためには妹婿、焼香させよ。
と投げやれば、
寺岡平右衛門
ハヽヽヽヽ はっ。
と、おし戴き、おし戴き、
草葉の陰より、さぞ、ありがとう存じましょ。冥加に余る仕合せ。
と、財布を香炉の上に着せ、
二番の焼香、早野勘平重氏。
と、高らかに呼ばわし。声も涙に震わすれば、列座の人も残念の胸も張り裂くばかりなり。
思いがけなや人馬の音。山谷に響く攻め太鼓、鬨をどっとぞ上げにける。
由良之助、ちっとも騒がず、
大星由良之助
さては師直が一家の武士、とり駆けしと覚えたり。罪つくりに何かせん。
と覚悟のところへ、桃井若挾助、遅ればせに駆けつけ給い、
桃井若挾之助
( ももい わかさのすけ )
ヤァヤァ 大星。今、表門より攻めかけたは師直が弟 師安。この所で腹切っては「敵に恐れし」と、後代までの謗り。塩谷殿の御菩提所 光明寺へ立ち退くべし。
と、仰せに、
「はっ」と、由良之助。
大星由良之助
いか様。最期を遂ぐるとも、亡君の墓の前。仰せに従い立ち退き申さん。御尻払い(しんがり)頼み上ぐる。
と、言う間もあらせず、いずくに忍び居たりけん、薬師寺次郎・鷺坂伴内、「おのれ、大星、逃さじ」と、右往左往に討ってかかる。力彌すかさず受け流し受け流し、暫時がうちは討ち合いしが、はずみをうって討つ太刀に、袈裟にかけられ薬師寺、最期。かわす二の太刀、足切られ、尾にも継がれず、鷺坂伴内、そのまま、息は絶えにける。
ヲヽ 手柄、手柄。
と称美言葉、末世末代伝うる義臣、これもひとえに君が代の、久しきためし、竹の葉(竹本座)の栄えを、ここに書き残す。

寛延元年辰八月十四日

作者 竹田出雲
   三好松洛
   並木千柳