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仮名手本忠臣蔵 【 第八 】 道行 旅路の嫁入


浮世とは、誰が言いひそめて、飛鳥川。淵{扶持}も知行も瀬と変わり、よるべも浪の下人に。結ぶ縁や{塩谷}の誤りは、恋のかせ杭、加古川の、娘 小浪が許嫁、結納[たのみ]も取らずそのままに、振り捨てられし、もの思い。 母の思いは山科の、婿の力彌を力にて、住家へ押して嫁入りも、世に有り無しの義理遠慮、腰元連れず、乗物もやめて親子の二人連れ。都の空に心ざす。
雪の肌へも寒空は、寒紅梅の色添いて、手先覚えず、こごゑ坂。さつた峠に差し掛かり見返れば、富士の煙の空に消え行えゆくゑも知れぬ思いをば、晴らす嫁入の門火ぞと、言うて三保の松原に、
落合芳幾
 『 仮名手本忠臣蔵 八段目 』
続く並松街道を狭しと打ったる行列は、誰と知らねどうらやまし。「アヽ 世が世なら、あのごとく、一度の晴れと花かざり、伊達をするが{駿河}の」府中過ぎ。城下過ぐれば、気散じに、母の心もいそいそと。
二世の盃済んで後、閨の睦言ささめ言、親知らず子知らずと、蔦の細道もつれ合い。「嬉しかろう」と手を引けば、「アノ 母様の差し合いを」、脇へこかして鞠子川。宇津の山辺の現にも、「殿御初めの新枕、瀬戸の染飯こわゐやら、恥ずかしいやら、嬉しいやら」、案じて胸も大井川。水の流れと人心、「もしや心は変わらぬか、日陰に花は咲かぬか」と言うて、島田の憂さ晴らし。
我が身の上をかくとだに、人知らすか{白須賀}の橋越えて、行けば吉田や赤坂の、まねく女の声揃え、” 縁を結すばば清水寺へ参らんせ。音羽の滝に、ざんぶりざ。毎日そう言うて拝まんせ。” ” そうじゃいな。紫色雁高我開令入給。神楽太鼓に ヨイコノヱイ。こちの昼寝を覚まされた。” 「都、殿御に逢うて辛さが語りたや」「ソウトモ ソウトモ」「もしも女夫と、かか様ならば、伊勢さんの引き合わせ。鄙びた歌も身に取りて、よい吉相になるみがた{鳴海潟}」
熱田の社あれかとよ、七里の渡し帆を上げて、艪拍子揃えて、ヤッシッシ。舵取る音は鈴虫か、いや、きりぎりす。鳴くや霜夜と詠みたるは、小夜更けてこそ暮れまでと、限りある舟急がんと、母が走れば、娘も走り、空の霰に笠覆い、舟路の友の後や先、庄野・亀山・関 止むる。伊勢と東の別れ道、駅路の鈴の鈴鹿越え。間の土山、雨が降る。皆、口{水口}の端に言いはやす。石部・石場で大石や。小石拾うて我が夫と、撫つ、さすりつ手に据えて、やがて大津や三井寺の、梺を越えて山科へ、ほどなき里へ
急ぎ行く。