そもそも、やわた八幡宮
(京都府八幡市)
御造営 御奉行のため、武田佐吉・林高兵衛・
長坂助一、両 3人仰せ付けられ、去る年 12月16日、釿初め。
しかるに、内陳・下陳の間に木戸井これあり。朽腐し、雨漏り、廃壊に及ぶの間、今度は末代のため侯の間、唐金にて鋳物にさせられ、長さ 6間(11m) にて侯を 5間(9m) に鋳物に仰せ付けられ、当春 3月、下遷宮ありて、ほどなく、社頭・宝殿・葺合せ・築地・楼門造せしめ畢り、金を以てみがき立て、神前光明を輝かし、神明納受の杜壇、荘厳・巍々堂々と七宝をちりばめ、
5月26日、上遷宮、成し奉り訖んぬ。
誠に「諸人の敬いによりて威を増す」とは、それ、これを謂うか。ますます、信長 御武運 長久、御家門 繁栄の基なり。参詣の輩、貴賤 群集をなし、いよいよ尊み拝呈す。8月中旬まで、9ヶ月に成就せしめ畢んぬ。