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訳文:
想いを込めて、凝睇(じっと見つめ)、帝に謝辞を述べました。「お別れしてから、帝の音容(お声もお姿)も共に渺茫たり (ぼんやりとしか見えません)。 昭陽殿での恩愛も断ち切られ、 蓬萊宮(仙山の一つ)の中に、長き月日を送っております。 帝を思い、頭をめぐらせて、はるか人寰(人間界)を望めども、 長安は見えず、ただ塵霧しか見えません。 ただ、思い出の品をもって深い情を表したいと存じます。 鈿合(螺鈿の小箱)と金釵(金のかんざし)を預かってください。 釵(かんざし)は片方を、合(小箱)は一方を残します。 釵(かんざし)は黄金と、合(小箱)の螺鈿を分けましょう。 金鈿(金や螺鈿)のように、お互いの心が堅くさえあれば、 天上界か人間界において、必ず、また相いまみえる日が訪れる ことでありましょう」と。
読み下し文:
情を含み、睇を凝らして君王に謝す一たび別れしより、音容、両つながら渺茫たり 昭陽殿裏、恩愛絶え 蓬萊宮中、日月長し 頭を迴らして下に人寰を望む処 長安を見ずして塵霧を見る 唯だ、旧物を将て深情を表さん 鈿合・金釵、寄せ将ち去らしむ 釵は一股を留め、合は一扇 釵は黄金を擘き、合は鈿を分かつ 但だ、心をして金鈿の堅きに似せ令むれば 天上人間、会ず相ひ見えんと |
※ 菱田春草『 蓬莱山 』
不明 |